年金不安解消のカギはマクロ経済スライドだ フル発動で将来世代の給付水準にプラス効果

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マクロ経済スライドのフル発動化が実現すると、経済前提の違いによる所得代替率見通しの差は大きく減り、年金にとって本質的な人口要因の重要性(スライド調整率を決定する要因)が改めて浮き彫りになる。

先ほどのケースC、EとケースG、Hで所得代替率が10%ポイント程度違うのは、実は将来の労働力率の前提が異なるからだ。労働力率とは、就業者数と完全失業者数を合計した労働力人口が15歳以上人口に占める割合を指す。ケースC、Eは「労働市場への参加が進むケース」、ケースG、Hでは「労働市場への参加が進まないケース」をそれぞれ前提に置いている。

2019年財政検証後の法改正へ世論形成を

これらを総合すると、マクロ経済スライドがフル発動化されると、将来の財政検証結果の公表方法は次のように変化しそうだ。

すなわち、国立社会保障・人口問題研究所による合計特殊出生率と死亡率の中位推計を人口前提のベースとしつつ、将来の労働市場への参加度合い(労働力率)に応じていくつかのケースが示される。さらに、各参加度合いのケースごとに経済前提の違いも示されるが、ケース内での差異は小さい。つまり、将来の所得代替率を底上げさせるには、少子化対策(=人口前提に影響)と、シニアや女性の労働市場進出支援(=労働力率に影響)が重要というメッセージがより強く出ることになる。

そうなると、国民は経済成長率や物価・賃金上昇率の行方におびえる必要はもはやなくなる。日本で年金不安が根強いのは、世界的な経済・金融危機など、自分たちのコントロール外の要因で将来の給付水準が大きく減るのではないかという不確実な状況に不安を覚えやすいからだろう。マクロ経済スライドのフル発動化は、こうした不安の根っこを遮断することになる。

かくも重要なフル発動化だが、法改正の見通しはどうか。今年の通常国会、臨時国会で厚生労働省は年金改革の法案を提出する予定はない。来年の財政検証公表後、そこで示された試算結果を基に議論を深め、マクロ経済スライドのフル発動化を含めた改革法案が提出される見込みだ。これまで見てきたように、マクロ経済スライドのフル発動は、将来世代の給付水準を向上させるとともに、将来見通しにおける国民の不要な不安を取り除く。こうした理解を深めるために、実現に向けた世論作りは欠かせない。

野村 明弘 東洋経済 解説部コラムニスト

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のむら あきひろ / Akihiro Nomura

編集局解説部長。日本経済や財政・年金・社会保障、金融政策を中心に担当。業界担当記者としては、通信・ITや自動車、金融などの担当を歴任。経済学や道徳哲学の勉強が好きで、イギリスのケンブリッジ経済学派を中心に古典を読みあさってきた。『週刊東洋経済』編集部時代には「行動経済学」「不確実性の経済学」「ピケティ完全理解」などの特集を執筆した。

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