日本は、「無能な経営者」から改革するべきだ アトキンソン氏「働き方改革よりも急務」

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逆に考えると、インフレもなく、金利もほぼゼロ、国が優秀な人材を極めて安い価格で供給して、株主も何も言わないという、この超ぬるま湯環境が、無能で怠慢な経営者を生み出したともいえるでしょう。

世界で最も優遇された経営環境の中、何のプレッシャーも受けず、のほほんと社長の座を謳歌している。一方、今のぬるま湯を手放したくないので、自分たちに不利になる改革には何でも反対する無能な経営者が多数育成されたと考えるのが妥当でしょう。これでは生産性を上げるためのイノベーションなど、起きるはずがないのです。

「常識をすべて捨て去る覚悟」が必要だ

今後数十年間にわたり、日本では生産年齢人口が急激に減少します。一方、 高齢者はそれほど減りません。

高齢者自身が負担する医療費の水準が今と同じだとすると、数が減らないので、GDPが減ればGDPに占める医療費の割合が高くなります。今後、高齢者一人にかかる医療費はさらに増えることが予想されますので、若い人の負担はより一層重くなるのです。

単純計算では、今の生産年齢人口1人あたりの社会保障負担は、平均給与の36.8%に相当します。今の給料のまま2060年を迎えると仮定すると、これが64.1%まで高騰するのです。

しかし、生産年齢人口の負担には限界があるので、高齢者が減らない以上、日本ではGDPの規模を維持する必要があります。GDPを横ばいで維持するには、1人当たりの付加価値を高めるしかありません。簡単に言えば、1万円の商品をやめて、1万7000円で売れる商品を開発する必要があるのです。

これは、単純にいまある商品を値上げすればいいというレベルではありません。イノベーションが不可欠となります。

そのためにはマーケティングを徹底してデザインを良くしたり、企業組織を抜本的に再編したりといった、これまで取り組んだことのないイノベーションにチャレンジする必要があります。場合によっては、今まで常識だと思っていたことを、すべて捨て去る覚悟が必要になります。

今までの25年間は、歴代政府がなるべく企業数を減らさないように、徹底的に中小企業を保護してきました。その真意は、厳しい状況にある企業に時間的余裕を与え、自力で苦境を脱してもらいたいという親心だったように思います。しかし残念ながら、日本ではその気持ちに応えることなく、「のほほん状態」に甘んじてしまった経営者が多かったのです。

これからはそんな甘えはいっさい許されません。経営者には攻めるしか道は残されていないのです。

安倍晋三首相が経済界に3%の賃上げを要請し、経団連も前向きな姿勢を見せているのはいい兆しです。しかし、経団連に所属しているような大企業は、日本の企業の中のほんの一握りです。

企業の大部分をしめる中小企業の経営者の尻をたたき、攻めに向かわせる動機づけ、それが今、真剣に求められています。最低賃金が他の先進国並みに上がれば、いやが上にも生産性を高めなくてはいけなくなるので、いいきっかけになるはずです。

生産性が低い中小企業はどんどん統合させて、規模の経済を追求することで生産性を上げさせるべきですし、それができないのであれば市場から退場させるべきです。もちろん、新しいビジネスモデルの発明にもどんどんトライさせるべきです。

大事なことなので、繰り返します。日本に求められているのは、働き方改革ではなく、経営者改革なのです。

デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社社長

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David Atkinson

元ゴールドマン・サックスアナリスト。裏千家茶名「宗真」拝受。1965年イギリス生まれ。オックスフォード大学「日本学」専攻。1992年にゴールドマン・サックス入社。日本の不良債権の実態を暴くリポートを発表し注目を浴びる。1998年に同社managing director(取締役)、2006年にpartner(共同出資者)となるが、マネーゲームを達観するに至り、2007年に退社。1999年に裏千家入門、2006年茶名「宗真」を拝受。2009年、創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を手がける小西美術工藝社入社、取締役就任。2010年代表取締役会長、2011年同会長兼社長に就任し、日本の伝統文化を守りつつ伝統文化財をめぐる行政や業界の改革への提言を続けている。

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