天才作曲家「コルンゴルト」を知っていますか 「20世紀のモーツァルト」と評されていたが…

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ハリウッドのスタジオに初めて足を踏み入れたコルンゴルトの最初の質問が「フィルム1フィートの長さに要する時間はどのくらいでしょう」だったということからも認識の確かさがうかがえる。

当時の映画制作においては、既存のフィルムに収まる質の高い音楽が求められていたのだ。コルンゴルトは、仕事に不可欠とされていたストップウォッチすら使わずに作曲を行っていたという。この優れた時間感覚と共に、後に“時代遅れ”や”ウルトラモダニズム”などと揶揄もされたコルンゴルトの極めつきのロマンティックな音楽スタイルこそが、ハリウッド映画音楽の巨匠への道を切り開いたのだろう。

「スター・ウォーズ」にも影響を与えた革新性

さらに重要なポイントが「ライトモチーフ」の導入だ。ライトモチーフとは、登場人物や状況に付随したテーマ音楽のことで、クラシックの世界においてはリヒャルト・ワーグナー(1813~1883)が「ニーベルングの指環」の中で象徴的に使いこなしている。このライトモチーフをハリウッド映画の世界に持ち込んだコルンゴルトのスタイルによって映画音楽は大きな発展を遂げることとなる。

今を時めく映画音楽の巨匠ジョン・ウィリアムズによる『スター・ウォーズ』(1977年)の「ダース・ベイダーのテーマ」などはまさにその代表例だ。『海賊ブラッド』(1935年)や『女王エリザベス』(1939年)『シー・ホーク』(1940年)など、冒険談やロマンスが大好きだったコルンゴルトの作品に流れる勇壮なメインテーマとオーケストラを駆使した叙情的なメロディは、前述の『スター・ウォーズ』や『インディ・ジョーンズ』(1981年)『E.T.』(1982年)などの雰囲気そのものの親しみやすさ。コルンゴルトの持つ革新性と後に続く作曲家たちへの大きな影響を感じずにはいられない。

最終的にアメリカで21本の映画音楽を作曲し、『風雲児アドヴァース』(1936年)と『ロビンフッドの冒険』(1938年)でアカデミー作曲賞も受賞したコルンゴルトは、今もアメリカでは映画音楽作曲家と認識されているようだ。試しにアップルミュージックでコルンゴルトを検索してみると、そのほとんどが映画音楽作品であることからもその傾向がうかがえる。

第2次世界対戦の終焉を機に、再びクラシックの世界へ戻ることを夢見たコルンゴルトだったが、時代は変わり、ウィーンは尖った現代音楽が主流。ロマンティックなコルンゴルトのスタイルは“時代遅れ”とされ、失意のうちに人生を終えている。

「私は忘れられたのだ。今の人々は私のことなどまったく知らない」というコルンゴルトが遺した言葉が心に沁みる。

そのコルンゴルトに近年再び光が当たり始めている。代表作であるオペラ『死の都』は世界各地で上演され、映画音楽の美しいメロディを生かして作られた「ヴァイオリン協奏曲」(1945年)は、ヴァイオリニストにとって重要なレパートリーとなり、すでに20世紀を代表する名曲の1つに数えられる存在だ。

ウィーンではオペラ作曲家、ヨーロッパではクラシックの作曲家として認められ、アメリカでは映画音楽作曲家として尊敬されるコルンゴルト。クラシックと映画音楽の二刀流ならぬ二足のわらじを見事に履きこなした彼こそは、近代作曲家のあるべき姿を体現しているのかもしれない。興味を持たれた方はぜひコルンゴルトの音楽に触れてほしい。そして彼の名前を頭に刻んでほしい。いつかきっと彼の時代がやってくる。

田中 泰 日本クラシックソムリエ協会 代表理事

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たなか やすし / Yasushi Tanaka

一般財団法人日本クラシックソムリエ協会代表理事、スプートニク代表取締役プロデューサー。1957年生まれ。1988年ぴあ入社以来、一貫してクラシックジャンルを担当。2008年スプートニクを設立して独立。J-WAVE「モーニングクラシック」「JAL機内クラシックチャンネル」等の構成を通じてクラシックの普及に努める毎日を送っている。

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