企業が求める「博士人材」はここにいる

新たな人材育成プログラムで社会を変える

文部科学省の「博士課程教育リーディングプログラム」は、産学官にわたりグローバルに活躍するリーダーを養成することを目的とした事業である。専門分野の枠を超えて大学院で5年一貫の先進的な教育を行うのが大きな特長だ。すでにプログラムを修了した卒業生も社会に送り出され、産業界からも高い評価を得ているという。実際に、プログラムに参加している学生を取材すると、従来の博士課程教育とは異なる、新しい人材育成の仕組みが見えてきた。

筑波大学
エンパワーメント情報学プログラム

医療福祉に役立つ「未来ロボット」を開発

「エンパワーメント情報学」とは「人の機能を補完し、人とともに協調し、人の機能を拡張する情報学」だという。博士課程教育リーディングプログラムでは、「人をエンパワーする」システムを創出できる人の養成を行うため、「分野横断力」、「魅せ方力」、「現場力」という3つの人材養成目標を定め、ユニークで特徴的なカリキュラムを実践している。

村田耕一さんは、2014年度4月に博士後期課程3年次の本プログラムに編入学した。今年3月に修了し、分析・計測機器大手で医療機器・航空機器・産業機器にも強い島津製作所に就職した。

島津製作所 基盤技術研究所
ロボティクスユニット
アクチュエーショングループ
村田 耕一さん

「私は筑波大学大学院システム情報工学研究科(博士前期課程)入学時から、将来は自分が研究開発に携わった物や技術が世界中の多くの人に使われ、喜んでもらうのが夢でした。特にシステム情報工学研究科の山海嘉之教授のもとで『サイバニクス(人、ロボット、情報系が融合複合する新領域)』を学び、プログラム修了後は企業で医療福祉技術の研究開発に携わりたいと考えていたのです。プログラムを通じていくつもの国際的な会議で発表したり、さまざまなコンテストに参加したりすることができました。まさに『魅せ方力』が鍛えられたと感じています。また、本プログラムでは、情報学、工学だけでなく、芸術、心理学、神経科学、臨床医学、看護科学、さらにビジネスの領域まで、さまざまな分野の専門家と一緒にチームを組んで研究を進めました。脳神経外科の手術も見学させていただいたのですが、こういった経験は、本プログラムでなければなかなかできなかったと思います。プログラムで得た知識や経験を生かし、グローバルな視点で社会に貢献する研究員になりたいと考えています」

島津製作所基盤技術研究所のロボティクスユニットとは17年4月、これまでのシステム制御ユニットを発展させて誕生したばかりの新しい組織だ。同ユニットアクチュエーショングループ長(主任研究員)で村田さんの直属の上司である橋本豊之氏は次のように語る。

島津製作所 基盤技術研究所
ロボティクスユニット
アクチュエーショングループ
グループ長(主任研究員)
橋本 豊之

「当社の社是は『科学技術で社会に貢献する』です。高度な専門知識は不可欠ですが、それだけではものづくりはできません。たとえば、ロボティクスユニットだけでも、アクチュエーション(駆動・制御)のほか、センサーなどのグループがあり、チームをまとめる能力も要求されます。会社としては、毎年、博士課程修了者を複数名採用しております。今回初めて『博士課程教育リーディングプログラム』の修了生として村田さんを迎えましたが、すでに高いコミュニケーション能力や、互いの専門性、異なる価値観を理解する複眼的な視野を持っていることに感心しました。各大学でこのプログラムを通じて、産業界や社会の要請に応える人材を育成していると思うと頼もしく感じます。文字どおり、世界が求める新しいグローバルリーダーの輩出に期待しています」

東北大学
マルチディメンジョン物質理工学リーダー養成プログラム

海外・企業での経験をいかして物質・材料分野を先導する人材に

東北大学の博士課程教育リーディングプログラムは、プログラム内、海外、企業の3種のインターンシップをそれぞれ約3カ月間実施するのが大きな特長だ。

プログラムを履修している博士後期課程3年の岡田篤さんの研究テーマは、不揮発性磁気メモリー(電力を使わずに磁力でデータを保持することができるメモリー)への応用などで期待される「スピントロニクス」分野だ。

東北大学 大学院
工学研究科電子工学専攻
博士後期課程3年
岡田 篤さん

「プログラムに参加することにより、世界の最先端の研究者や企業と共同研究や情報交換ができることも大きな魅力だと感じました。ケンブリッジ大学での海外インターンシップでは、毎日議論を交わす3カ月で、英語でのディスカッションにも自信がつきました。その後シンガポール南洋理工大学などとの国際共同研究に取り組み、私が筆頭著者を務めた論文が米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載される成果になりました。企業インターンシップでは、半導体測定器メーカーで次世代の測定器開発に向けた研究に参加したのですが、最終的なゴールに向けてプランを立て、開発を進めていくところが、大学院での研究とは異なっている事を実感できる良い経験となりました」と振り返る。

博士後期課程2年の松澤智さんは、強い磁場の中での物質の構造や性質に関する研究を行っている。

東北大学 大学院
理学研究科物理学専攻
博士後期課程2年
松澤 智さん

「リーディングが目指す多面的・俯瞰的な視点を持つ学生、世界で活躍できる学生という理想像に共感しました。また、資金面をはじめ、一人ひとりに手厚い支援が用意されており、プログラムに参加しない手はないと感じたのも参加の理由です。海外インターンシップでは、米国国立スタンフォード加速器研究所、スタンフォード大学、カナダのブリティッシュコロンビア大学などとの共同研究に参加し、世界のトップレベルの研究者に混じって研究をすることで、実験の進め方や課題解決の方法などを学ぶことができました。学内のインターンシップでも、自分の専攻ではない化学専攻の研究室に参加したことで、新たな視点や発想を得ることができたのは、ほかではできない経験でした」

二人ともまさに、「マルチディメンジョン(多次元)」の力を身に付けたわけだ。

専門性の追究と幅広い知識や手法の習得バランスが重要

トヨタ自動車株式会社 電池研究部長
射場 英紀

プログラムでは文理、理工などの融合領域でプログラムを構築しており、学生同士の交流などを通して、幅広い知識や考え方を持つ人材の育成に一定の成果があったと感じています。博士後期課程の学生は、修士にくらべると特定の研究テーマで、より深掘りした専門知識と研究成果を持っているケースも多いですが、民間企業が専門性の高い知識をそのまま活用するために採用することは多くはありません。リーディング大学院では、特定の研究テーマ以外の分野を含めインターンシップなど多くの教育カリキュラムが組まれているため、知識の幅が広がったり、融合領域で違う研究の方法論やものの考え方に触れたりできるという利点も大きく、両者をバランスよく両立させていく取り組みが重要と考えています」

信州大学
ファイバールネッサンスを先導するグローバルリーダーの養成

繊維業界から日本の「ものづくり」を革新する

ファイバー(繊維)工学は、あらゆる産業の基幹技術となる可能性を秘めている。信州大学の博士課程教育リーディングプログラムでは、繊維・ファイバーに関する幅広い分野を学び、かつ英語力、実践力、人間力を養う充実したカリキュラムが組まれている。

プログラムを履修する博士後期課程3年の石川達也さんは、ダブルディグリープログラムでフランス国立繊維工芸工業高等学院での2年間の留学を終えた後、博士後期課程からリーディングプログラムに編入した。

信州大学 大学院 総合工学系研究科
生命機能・ファイバー工学専攻
博士後期課程3年
石川 達也さん

「私の研究テーマは不織布です。プログラムの参加を通じて、繊維・ファイバーに関する研究をしている学生や、繊維産業の企業と一緒に新しい製品作りを進めることができるのではないかと考えました。フランス留学中には、現地の大手繊維メーカーにインターンシップとして参加し、実際の工場のラインを使って品質を向上させる製造プロセスの実験にも参加しました。研究面もさることながら、職種やスキル・経験の異なるさまざまなスタッフをまとめ、プロジェクトを推進させるマネジメントのスキルを学べたのは貴重な経験です」

博士後期課程2年の設楽稔那子さんは、人の心や体の仕組み、考え方などをもの作りに反映させる「感性工学」という新しい分野の研究を専攻している。

信州大学 大学院 総合工学系研究科
生命機能・ファイバー工学専攻
博士後期課程2年
設楽 稔那子さん

「たとえば、人が感じる『木のぬくもり』とは何かを生理反応や物理特性の観点からデータ化するといったことも研究テーマの一つです。感性工学はどちらかといえば、エンドユーザー寄りですが、それを素材から考えられるのが、繊維学部を持つ信州大学の特長です。また、リーディングプログラムに参加することで、繊維メーカーや素材メーカーの製造現場など、普段はなかなか入れない場所の見学をすることもできました。学内のラボローテーションでは機械・ロボット学科で、より人間の動きに近づける研究などにも参加できました。感性工学はまだ一般的には知られていませんが、さらに存在感を高めたいですね。私が製品と人をつなぐ橋渡しになりたいと考えています」

繊維業界の競争力を高めるコア人材の育成に期待

小松精練株式会社 常勤監査役
髙木 泰治

「厳しい国際競争の中におかれ、品質や安全性を重視した開発力、技術力の強化にしのぎを削っている国内の繊維産業において、進化を成し遂げるための重要な要素の一つに、組織のブレーンとなるコア人材の育成があります。しかし、国内で繊維を学ぶ教育の場は整備が進んでいるとは言いがたく、将来の繊維を支える技術者、研究者を育成する教育機関は限られています。こうした教育環境において、海外展開を目指す当社において、グローバル人材を養う本プログラムの価値は極めて高いと認識しています。信州大学でのリーディングプログラムは、業界を支えるコア人材を生み出す『源泉』になるに違いなく、将来へ向けて、本プログラムとともに先端的な繊維技術の進化を推進できることを期待しています」

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