《不確実性の経済学入門》当選確率が50%と5%の宝くじ どちらを買うべきか?
ここに同じ値段で、当選確率が50%と5%の宝くじがあったとする。あなたは、どちらの宝くじを買うべきだろうか。
50%の宝くじと即答したなら、あなたは確率と期待値を取り違えている。50%、5%というのは、あくまで当選する確率だ。二つの宝くじの賞金がそれぞれ1万円と100万円なら、50%の宝くじの期待値は5000円、5%の宝くじでは5万円になる。
宝くじの値段がともに1000円とすると、それぞれの期待利益は50%の宝くじが4000円、5%のほうが4万9000円だ。このように合理的に考えるなら、あなたは5%の当選確率の宝くじを買ったほうがいいということになる。こういう考え方を期待値理論という。
しかし、話はここで終わらない。
期待値理論に対しては、「サンクトペテルブルクのパラドックス」というものがある。次のようなものを考えてみよう。
期待値が無限大だといくら払うか
歪みのない公正なコインを投げ、1投目で表が出れば、あなたは2ドルをもらえる。裏が出れば、何ももらえない。1投目の期待値は2ドル×50%で1ドルだ。しかし、このゲームでは、裏が出て何ももらえなくても、もう1度コインを投げることができる。今度は表が出れば4ドルをもらえ、そうなる確率は25%だから、期待値はまた1ドルだ。
さらに2投目で裏が出ても、再びコインを投げることができる。3投目で表が出るともらえるのは8ドルで、そうなる確率は12・5%だから、再び期待値は1ドルになる。こうしたことを無限回繰り返すとすると、どうなるか。このゲームの期待値は何と無限大になる。1投ごとの期待値は1ドルだが、これを無限回足していくと期待値は無限大になるからだ。
さて、このゲームに参加するとき、あなたはいったい、いくらだったら払っていいと考えるだろうか。
期待値理論に従えば、あなたはいくらでも支払っていい。何しろ、期待値は無限大なのだから。たとえば、このゲームに100ドル支払ったとして、運悪く1投目で表が出ると、2ドルを得て98ドルの損となる。しかし、まれに表が出る前に裏が続けて20回出たとしたら、手にするのは約100万ドルになる。こうなると大儲けだ。
しかし、サンクトペテルブルクのカジノの支配人が発見したのは、このゲームに2~3ドルより多く支払っていいという人はほとんどいないということだった。参加してもいい金額は4ドルが多かった。
合理的に考える期待値理論と、実際の人間の意思決定との間に見られる違い。これは何を意味するのだろうか。
人は実際の価値でなく効用で選択を決める
18世紀のスイスの数学者ダニエル・ベルヌーイは、これをヒントに期待効用の考え方を導き出した。それは、人間は数学的に合理的な価値に基づいて意思決定するのではなく、別の物差しを基に意思決定しているというものだ。ベルヌーイはその物差しを「効用」と名付けた。
具体的にはこういうことだ。手元に何もない人が1ドルを得るのと、すでに10ドルを持っている人が1ドルを得るのでは、同じ1ドルでもその効用は違う。何も持っていない人にとっての1ドルのほうが効用は大きいのである。つまり、追加的な財産の増加から得られる効用は、そのとき保有している財産の量に反比例する。
この考え方により、サンクトペテルブルクのパラドックスの謎は解明された。
数学的には、確かに1投ごとに価値の期待値は1ドルずつ増えるのだが、同じ1ドルでも、そこから人間が感じる効用は追加的に増えていくたびに漸減していく。そして意思決定するとき、人間が考慮するのは価値の期待値の合計ではなく、その価値から得られる期待効用の合計となる。期待効用の漸減ペースが速ければ、その合計は有限となりうるわけだ。
こうした効用の漸減性と同様の考え方に基づいて、イギリスの経済学者ジェヴォンズやオーストリアの経済学者メンガーなどは19世紀に入って「限界効用」による価値理論を確立、ここから現在に続く新古典派経済学が始まった。