明治維新より輝かしい「大政奉還」という偉業 150年前の「慶応維新」は世界史上の奇跡だ

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一方、朝廷も政権は受け取ったが、それを動かす行政組織も人材もおカネもなく、さらに自衛するための軍隊もない。

慶喜が将軍も辞退すると申し出たが、しばらくは慶喜に政務を委任するというしかない。龍馬の構想も具体化には至っておらず、ここにまったく政権主体のあいまいな空白の状態が生まれた。

その間隙を突くために、しばらく時間稼ぎをしたい薩摩は、10月17日に小松帯刀、西郷隆盛、大久保利通の3人が長州に行って相談するために姿をくらませた。薩長の同盟の絆を確かめ、あくまで武力討幕を目指す決意を確認しようというのである。長州は「討幕の密勅」を受けた形で、出兵の準備を行い、3人が戻ってきた薩摩でも、軍勢を整えて京都に出撃する態勢に入った。

だが、両藩の中でさえ、将軍が政権を返還して一大名になったのであるから、武力で倒すことはないという意見があった。

同じ考えが公家の間でもあったようで、「討幕の密勅」に署名した3人の公家は、10月21日に、武力討幕を中止するようにとの天皇の御沙汰書を、やはり偽造して薩長に出していたという。

だが、薩長はこれらを無視し、何が何でも幕府を武力で倒す方針を変えない。

力によって敵の権力とその機構を完全に潰して、掌握しなければ革命ではないと考えていた。それに政権が返上されても、徳川家が持っている800万石という膨大な所領地が残っている。これをそのままにしておくことはできない。敵の権力だけではなく財政基盤を完全に奪ってしまわなければ、権力奪取を成し遂げたとはいえない。

薩長は幕府から実権のすべてを奪い取って、それを自分のものにしなければならないと考えていた。

このようにあくまで武力討伐を目指す薩摩藩にとって、「慶応維新」をもとにした新国家建設を進める坂本龍馬の存在は邪魔になったであろう。そして龍馬は、先ほどの中根雪江への手紙を書いた5日後の11月15日に暗殺されている。

こうしたことから私は、薩摩が黒幕となって龍馬を暗殺したのではないか、と推論している。

無益な血にまみれた「明治維新」

その後、12月9日に王政復古の大号令が出された。そして、その夕方に開かれた小御所(こごしょ)会議で、慶喜がすべての官位を辞して、徳川の持つ領地をすべて朝廷に返すことが一方的に決定された。反対する土佐の山内容堂を西郷が暗に恫喝した結果である。

それ以前の10月に、大政奉還で討幕の道が遠のいたと判断した西郷は、江戸市中を騒擾させるよう密命をくだしている。密命を受けた伊牟田(いむた)尚平や相楽総三らは、浪士や無頼の徒を500人ほど集めて「薩摩御用盗(ごようとう)」と呼ばれるテロ集団をつくり、江戸市中において殺人、略奪、強姦、放火とあらゆる犯罪を行った。

上方にいる慶喜や、幕府方を挑発するためである。

やがて、この挑発に乗った形となり、鳥羽・伏見の戦いが引き起こされ、戊辰戦争で多くの血が流された。

龍馬らが思い描いた「慶応維新」をもとにした平和的な新国家建設は頭から否定され、無益な血にまみれた「明治維新」が強行されたわけである。

武田 鏡村 歴史家

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たけだ きょうそん / Kyoson Takeda

日本歴史宗教研究所所長、作家。1947年新潟県生まれ。1969年新潟大学卒業。長年にわたり、在野の歴史家として、通説にとらわれない実証的な史実研究を続ける。教科書に書かれない「歴史の真実」に鋭く斬り込む著書が多数ある。浄土真宗の僧籍も持つ。主な著書に『決定版 親鸞』『藩主なるほど人物事典』『新時代の幕開けを演出した龍馬と十人の男たち』『図解 坂本龍馬の行動学』『幕末維新の謎がすべてわかる本』などがある。

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