「施設の新聞で字を覚えた少女」が絞り出す歌 セーラー服の歌人・鳥居に共感が集まる理由

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(撮影:ヒラオカスタジオ)

「短歌だけで生活していける歌人の方が、ほぼいないことを知ったんです。それどころか、歌集って自費出版がほとんどなんです。私が悔しいのは、いい作品を作る人が多いのに、何で自腹を切らないといけないんだろうと。人気がないアイドルを応援するファンのように、短歌の良さを広めることで、歌集が売れて、歌人がもっと評価されるようになってほしい、という思いでした」

同時に鳥居は、セクシャルマイノリティの方向けに「虹色短歌会」、生きづらさを抱えた人のために「生きづら短歌会」を開催するようにもなった。一部の愛好家だけでなく、あらゆる人に短歌の魅力を届けるべく、精力的に普及活動を行っていったのだ。

「死にたいと思いながら生きていてもいいんだ」

もちろん、創作活動も続けていった。鳥居は雑誌や新聞、インターネットなどに短歌を発表し、その歌に共感した人たちのSNSによる拡散や、いとうせいこう氏など著名人の絶賛によって、徐々にその名が広まっていった。

(撮影:ヒラオカスタジオ)

そして2016年、ついに歌集『キリンの子 鳥居歌集』(KADOKAWA アスキー・メディアワークス)が発売された。収録する短歌を作る日々を、鳥居は「無我夢中だった」と振り返る。

「切羽詰まってたというか。アパートの壁に『駄作は公害』っていう殴り書きの紙を貼っていました。良い歌つくれないなら死ね、みたいなことも、自分に対してよく思っていました」

歌作が大詰めだった大晦日の夜、鳥居はパーティともカウントダウンとも無縁で、一人公園にいた。そして拾った枝で地面いっぱいに歌を書き、心の中で叫び散らしていたという。

そのように、魂を削るようにして生まれた『キリンの子』は、歌集では異例となる2万部を突破した(通常は800~1000部とされる)。生い立ちを人に話すと、「耳をふさぎたくなった」「そんなことが現実にあるなんて考えたくない」と言われることがある、という鳥居。しかし『キリンの子』の読者からは、不思議と「共感しました」という声が多いのだという。

音もなく涙を流す我がいて授業は進む次は25ページ

「学校のいつもの教室で、いつも通りに授業が進んでいく。けれど、なぜか私は辛い――っていう私の歌があるんです。それを読んだ中学生の方が、自分にもそういうときがあるからよくわかります、とお手紙をくださって。作品に共感して、孤独なのは自分だけじゃない、こんな自分でもこの世界に存在していていいのかも、と思えるのはすごく大事なことです。短歌にはその力があると思っています」

実際、鳥居のもとには、「死にたいと思いながら生きていてもいいんだ、と気づいた」「苦しみながらでも、あきらめないで生きようと思った」といった手紙が多数寄せられた。生きづらさを抱えている人だけでない。大学で講演をすると、エリートと呼ばれる学生たちも、それぞれに悩みを抱えながら生きていることを打ち明けてくれたという。

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