日本で「お節介な注意放送」が流れる根本理由 「日本人のマナーが悪いから」が理由ではない

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そんな時に、昭和天皇が死去。欧米の大衆紙(とりわけイギリス)はこぞって「ヒロヒトは地獄に行け!」という宣言を掲げました。こうした、欧米の傲慢さとわが国の知識人の卑屈さが奏でる奇妙な協和音に猛烈な違和感を覚えて、私の4年半に及ぶウィーン生活に基づくヨーロッパの「実像」を書きました。それが(一般書では処女作である)『ウィーン愛憎』(中公新書、1990年)であり、私は、非ヨーロッパ人である庶民が「ウィーン」という響きのいい都市に住むことがいかに過酷な試練であるかを正確に伝えたかったのです。幸い、ある程度の反響を呼び、何度かこのテーマで大学や教育委員会で講演をしました。

そうそう今回のテーマは、「30年闘っても状況を変えられないことを考えてほしい」というコメントに対する回答でしたね。忘れたわけではありません。以上のような時代背景でしたので、私が入会した『拡声器騒音を考える会』(後『静かな街を考える会』)のメンバーたちの論調も、わが国に、「エスカレーターにお乗りのさいは、手すりつかまり・・・・・」というような「おせっかい放送」が多いのは、国民の幼児性のため、個人主義が未熟なため、村社会的共同体のため・・・・・・、ざっくり言えば、「日本人がバカなため、アホのため」というものが多かった。

日本の大衆が「優しい」ゆえの「音」

しかし、私は「そうではない」と言い続けてきました。長いヨーロッパ生活からの私の実感では、日本人の平均的大衆のほうがヨーロッパの(少なくともウィーンの)平均的大衆より、数段教養もあり、繊細で、他者を配慮し、しかも差別意識も少なく・・・・・・、これもざっくり言ってしまえば「賢く優れている」と言わざるをえない。

私の論点は、「だからこそ」日本中津々浦々こうした「おせっかい放送」だらけになる、というものです。この放送は、日本人の最も大切にしている道徳や美徳にかなっているからこそ、大方の日本人の耳を通過してしまう。すなわち、いくら一握りの者が訴えても、深いところで大方の日本人が承認しているこの岩盤を壊すことはできない、というものです(なかなか他の会員には伝わりませんでしたが)。

それを他の言葉で言いかえれば、「思いやり」あるいは「優しさ」と言っていいでしょう(だから『対話のない社会』を『思いやりという暴力』と変えたのです)。

エスカレーターの放送はよく考えるとほとんど必要ないのですが、「エスカレーターにお乗りのさいは、手すりつかまり、黄色い線の内側に・・・・・・」という優しい声を聞いて悪い気はしない。しかし、考えてみてください。では、と私が前の女性に向かって「エスカレーターにお乗りのさいは、手すりつかまり、黄色い線の内側に・・・・・・」と注意したらどうでしょう。女性は大変な侵害を考えてとっさに身構え、私は狂人と思われるかもしれない。この差異は何を物語っているのか?

「音」問題を考えるに当たって、このあたりが1つのポイントです。日本人は、赤の他人に「話しかけたくも、話しかけられたくもない」という欲望がきわめて強い。よって、よく欧米人や欧米崇拝の同胞が「日本では、重い荷物を持っていても誰も助けてくれない」と愚痴を言いますが、これも「なるべく赤の他人に介入したくない、お節介はしたくない、かえって迷惑かもしれない」という考えの反映であり、自分が重い荷物を持っている場合でも、「赤の他人に助けられると心苦しく、すまない気持ちで心は荷物より重くなるから、赤の他人には頼みたくない」、という高度の文化的国民の判断ではないかと考えます(が、会員にはなかなか賛同者がいない)。

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