哲学者怒る「日本の公共空間はうるさすぎだ」 遅れた飛行機内での熱唱は「美談」なのか?

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夫婦間でも国家間でも、加害者に「真の反省」などほとんどありえないのですから、それを要求することはむなしいように思われますが、被害者はこの真実を知っていても、加害者がこの真実を語ることを許さない。加害者は、1点の混じり気もない絶対的に真の反省に至らなければならない。その結果、加害者は被害者にとって永久に反省が足りないということになり、被害者は永久に相手を責め続けることになるわけです。

この話は、ここまで。最近のニュースでカチンときたのは、もう1つありますが、たぶんほとんどの人が問題にもしないことでしょう。それは、8月20日に札幌発大阪行きの全日空機の出発が遅れた際に、乗り合わせていた歌手の松山千春さんが乗客のイライラを解消するために、客室乗務員のマイクで「大空と大地の中で」を歌った、という話。

翌朝のワイドショーでは、このエピソードを取り上げて、キャスターなどみな絶賛していましたが、私は賛成できません。こうした「騒音」については、30年以上も闘い続けましたが、ほんとうにこれほどむなしい闘いはなかった。相手は、私の意見に反対なのではなく、私が何を言いたいのかまったく意味が通じないのです。

日本の公共空間に溢れる音、音、音……

私は広い意味における公共空間(飛行機の中も含めて)では、なるべく音を発しないことが「正しい」と思っている。いわゆる大声でのおしゃべりや個人的に音楽を流すこと(これは多くの人が嫌っているからいいでしょう)のみならず、その空間を管理している責任主体(この場合は全日空)も、むやみに「音」を流してはならない。飛行機の中ですと、安全確認やさまざまな機内設備の案内や連絡などはいいとして、しつこいマイレージなどの宣伝放送も、機内販売の宣伝放送もダメ。すなわち、なるべく無音に保ち、その空間をいかに音で彩るかは各乗客に任させる。

これは、飛行機の機内では、ほぼ理想的に保たれています。座席の前に据えられているモニター画面を見る場合でもレシーバーが配られ、BGMもありません。そこで、眠りたい人は眠り、読書したい人は読書し、音楽を聴きたい人はイヤフォンを利用する。

しかし(今回は空港内に限りますと)、飛行機の機内以外ではこうはいきません。空港ビルのあらゆる店には音楽や宣伝放送が流れ、ダイナースなどの待合室にもBGMが流れ、エレベータには「1階です、こちらのドアが開きます」、エスカレータには「エスカレータにお乗りの際、手すりにつかまり……」という金属的なテープ音が入る。トイレに近づくと、「右が男子トイレ、左が女子トイレです」という放送が入る。もちろん、銀行のATMは「いらっしゃいませ、毎度ありがとうございます」というキンキラ声で迎えてくれる。

そして、搭乗口では、液体や危険品の持ち込みを注意する放送が流れ、出入国審査の場所では、(場合によって)「日本人は日本人と書いてある窓口にお並びください」という放送が流れ、空港内の動く歩道には「まもなく終点です、ご注意ください」というテープ音が流れ、帰国の際に、ベルトコンベア上を流れてくる荷物を待っているあいだずっと、「入国カードをご記入ください、入国の際にはパスポートと一緒に入国カードを示してください」という放送が流れる。

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