甲子園で「文武両道」の彦根東高が勝った意味 滋賀県屈指の「公立進学校」が甲子園で初勝利

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かつて青森山田で監督を務め、8度の甲子園出場を果たした澁谷良弥氏は私立の強豪校のメリットについてこう語っている。「青森山田ではほとんどの選手が寮生活で、ウエイトトレーニングの設備も充実していました。練習する環境としては申し分ない。寮があることのよし悪しはありますが、いくらでも練習できることはありがたい。自覚を持って練習する子はぐんぐん伸びます」。

文武両道を掲げる進学校と野球にとことん打ち込む高校とではもちろん、チーム強化のアプローチは違う。もっと言えば、野球優先の学校のなかでも、やり方はそれぞれ。全国から逸材を集めて競わせる大阪桐蔭(大阪)のような強豪校もあるが、多くは「原石」を磨きあげて強くしようとしている。

高校生活は3年間だといっても、野球に打ち込む球児たちの選手生活はそれよりかなり短い。一人の選手が高校で実際にプレイできる時間は、入学した1年春に始まり、それから3年の夏が終わるまでの2年4カ月か5カ月の間。同じ日刊ゲンダイの記事で坂原監督が言った「自主的にやるまで待っていたら3年間終わっちゃう」という言葉には多くの監督がうなずくことだろう。

「ほかの高校が5時間練習するなら、ウチはその倍はやらないと勝てない」。かつてそう語ったのは智弁和歌山の高嶋仁監督だ。高嶋監督は、言葉どおりの猛練習を選手に課し、春夏あわせて3度の全国優勝(準優勝3回)を手にした。

だが、その方法が未来永劫、正しいとは限らない。智弁和歌山は2000年夏を最後に、日本一から長く遠ざかっている。かつて常勝を誇った高校が、やがて強さを保てなくなるのは、「正しいこと」が時代とともに変わっていくからではないだろうか。

「文武両道」で最後までやり切った彦根東

ここで、もう一度、彦根東の村中監督の試合を終えてのコメントに戻ろう。「ウチの野球を全国に披露できた、いい大会だった。彦根東に集まった人間が、みんなで寄ってたかってなんとかして試合をつくっていく――それをお見せできたのがよかった。お互いに信頼し合えた仲間でした。これ以上に最高の、幸せな夏休みはないですね。選手たちには感謝したい」。

部員とともに文武両道を目指しながら、たどり着いた甲子園での戦い。それは、村中監督にとっても充実したものだったようだ。

一方、文武両道は「ありえない」と言い切った坂原監督の下関国際は、初戦で三本松(香川)に4対9で敗れ、甲子園初勝利はならなかった。それでも、坂原監督は「最高の2時間でした。スコアボードに下関国際の名前が入ったときは感動しました」と、こちらもまた、選手をたたえ、チーム一丸となって甲子園で戦いきった満足感が伝わってくるコメントをした。

1日3時間程度の練習で強くなるはずがない。そうかといって、ただただ長い時間練習してたからといって、うまくなるわけではない。筆者が思うには、どちらの意見もきっと正しい。

なぜならば、1日何十時間の練習をしようとも、ピッチャーは1試合で9イニングしか投げられないし、ひとりのバッターが打席に立てるのは4打席か5打席だけ。試合には、勝つこともあれば、負けることもある。大切なのは練習の成果をすべて出し切れるかどうかだろう。

アプローチは違っても、それぞれの哲学に従ってチームをつくり、全国大会まで勝ち進んだ時点で、個々のチームの考え方、チームづくりの方法論の正しさは証明されている。「最高だった」と監督が称賛して夏を終えた彦根東と下関国際の2チームもまた、たたえられるべき勝者であることは間違いない。

元永 知宏 スポーツライター

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もとなが ともひろ / Tomohiro Motonaga

1968年、愛媛県生まれ。立教大学野球部4年時に、23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験。大学卒業後、ぴあ、KADOKAWAなど出版社勤務を経て、フリーランスに。直近の著書は『荒木大輔のいた1980年の甲子園』(集英社)、同8月に『補欠の力 広陵OBはなぜ卒業後に成長するのか?』(ぴあ)。19年11月に『近鉄魂とはなんだったのか? 最後の選手会長・礒部公一と探る』(集英社)。2018年から愛媛新聞社が発行する愛媛のスポーツマガジン『E-dge』(エッジ)の創刊編集長。

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