世界のエリートが「美意識」を鍛える根本理由 質の高い意思決定を継続的に行う基盤とは?

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本書では、「経営における美意識」という言葉を、従業員や取引先の心を掴み、ワクワクさせるような「ビジョンの美意識」、道徳や倫理に基づき、自分たちの行動を律するような「行動規範の美意識」、自社の強みや弱みに整合する、合理的で効果的な「経営戦略の美意識」、顧客を魅了するコミュニケーションやプロダクトといった「表現の美意識」など、様々な企業活動の側面における「良い」「悪い」を判断するための認識基準として捉えている。

「社会彫刻」というコンセプトを提唱し、全ての人はアーティストとしての自覚と美意識を持って社会に関わるべきだと主張したのは、アーティストのヨーゼフ・ボイスであるが、彼によれば、私たちは世界という作品の制作に集合的に関わるアーティストの一人であり、だからこそ、この世界をどのようにしたいかというビジョンを持って、毎日の生活を送るべきなのだと言う。

「人生を評価する自分なりのモノサシを持ちなさい」

『イノベーションのジレンマ』で有名なハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授は、2010年の同校卒業生に対して、エンロンのCEOだったジェフリー・スキリングを含め、同窓生の何人かが犯罪を犯し、結果的に栄光に満ちた人生を棒に振ったという事実に触れながら、「犯罪者にならないために」という題でスピーチを行っている。

彼がその中で述べているアドバイスは、「人生を評価する自分なりのモノサシを持ちなさい」というものである。そしてこの指摘は、そのまま本書の主題である「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか?」という問いへの回答にもなっている。

論理思考の普及による「正解のコモディティ化」や「差別化の消失」、或いは「全地球規模の自己実現欲求市場の誕生」や「システムの変化にルールの整備が追いつかない社会」といった、現在の世界で進行しつつある大きな変化により、これまでの世界で有効に機能してきた「客観的な外部のモノサシ」が、むしろ経営のパフォーマンスを阻害する要因になってきている。

世界のエリートが必死になって美意識を高めるための取り組みを行っているのは、このような世界において「より高品質の意思決定」を行うために、「主観的な内部のモノサシ」を持つためだというのである。

そしてこの真逆に、経営における「過度なサイエンスの重視」という問題があるというのが著者の見方である。経営におけるサイエンスの側面を偏重し、過剰に論理と理性を重んじて意思決定をすると、やがては必ず差別化の問題に行き当たり、市場はレッドオーシャン化し、利益を上げるのが難しくなる。そこで生き残ろうとすると、企業の統治や運営は、現状の延長線上にストレッチした数値目標を設定し、現場のお尻を叩いてひたすら馬車馬のように働かせるというスタイルに傾斜せざるを得ない。

成長市場であればまだしも、成熟した市場でそのようなスタイルで戦っていれば、いずれ限界が来るのは自明の理であり、新しいビジョンや戦略も与えないままに、マジメで実直な人たちに高い目標値を課して達成し続けることを強く求めれば、行き着く先はイカサマしかない。

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