専門分野の枠を超えて学ぶ新しい博士課程
人類の存続を脅かす地球規模の課題が山積する現代、これらの難題を解決するためには、既存の考え方や方法論にとらわれず、異なる領域の対話や融合によって、これまでにない視点や革新的な技術を見い出すことが求められているのではないだろうか。大阪大学の「インタラクティブ物質科学・カデットプログラム」は、そうした社会の要請に応えることのできる博士人材を育成するべく、2013年に誕生した。文部科学省に採択された「博士課程教育リーディングプログラム」の中でも、物質科学領域に焦点を絞っている点が特徴だ。

5年一貫の学位プログラムでは、大阪大学大学院の基礎工学研究科、理学研究科、工学研究科に関連する9専攻から選抜された学生が、従来の研究科専攻での専門課程に加え、学問領域を超えたインタラクション(相互作用)を通じて異なる研究領域や手法を学び、複眼的な思考や俯瞰的な視点、他領域との協働を可能にする対話力などの汎用力を培っている。
「世界を見渡せば、高い専門性を持った博士人材が産業界の牽引役と見なされ、重用されています。こうした世界と渡り合っていくためにも、高度な専門性を社会で生かせる人材が欠かせません。本プログラムでも産学官の幅広い領域でリーダーとなり、自ら新しい物質科学のトレンドや技術革新を生み出していける人材の養成を目指しています」と、プログラムコーディネーターの木村 剛教授は狙いを明かす。そうした木村教授の思いを抱きながら、17年3月、カデットプログラムの第一期生が巣立ちの時を迎えようとしている。
多様な分野と人と交わる刺激的な機会を用意
(工学研究科)
カデットプログラムと従来の博士後期課程との大きな違いは、それまでほとんど交わることのなかった物理、化学、材料科学といった異分野の学生や教員が刺激し合う機会が豊富にあることだ。研究室ローテーションや物理や化学の基礎を身に付ける講義などで、自分とはまったく異なる発想や研究スタイルの人と切磋琢磨することになる。また国内外の企業でのインターンシップや留学、企業訪問、国際シンポジウムを通じて、学問領域だけでなく、国や立場、文化の異なる多様な人とも接する。とりわけ運営にも携わる国際シンポジウムは、大きな学びの場となっているようだ。
(基礎工学研究科)
「ほかの専門領域の学生と議論を重ねながら専門外の研究者を選定し、登壇者の招聘までコーディネートするなど、異分野の人と力を合わせる難しさや面白さを身を持って知りました」と語った宮野哲也さん(工学研究科)。神谷 建さん(基礎工学研究科)は、多様な分野の入り混じった研究発表会を通じ「異分野の人の話を『聞く力』が付いた」と自らの成長を語った。
「専門外の研究についてのプレゼンテーションを聞いて、本質的な問題を見抜いたり、異分野ならではの新しい視点を提供したりできるようになりました」(神谷さん)
こうした経験値を増やす中で、自主的に研究発表会を開催するなど、異分野に対する垣根を軽々と飛び越えるようになっていく。
3カ月の海外経験が学びへの意識を高める
(基礎工学研究科)
そのほか自らの成長を明確に自覚する好機が、国内外でのインターンシップや留学などだ。共同研究者をたどり、アメリカのセントルイス・ワシントン大学で3カ月間を過ごした浅野元紀さん(基礎工学研究科)は「私が研究する光エレクトロニクスについて先端的な研究室で刺激を受けました」と振り返る。英語が苦手だったという浅野さんだが、「物質科学英語」などの授業で英語の論文作成やプレゼンテーション力を徹底して鍛えたことで、初めての海外での研修を実りあるものにできたという。
(理学研究科)
「研究成果をあげるためには相手を説得する力が必要なのだと実感しました」
そう語ったのは、イタリアのミラノビコッカ大学で海外研修を経験した宮野さん。「最初は博士号も持っていない外国人学生である私の言うことに、誰もほとんど耳を貸してくれませんでした。そこで裏付けになるデータを集めて論理的に説明し、相手を納得させて初めて自分のやり方で実験させてもらえるようになりました」と悪戦苦闘した日々を明かす。
さらに松本 咲さん(理学研究科)は「周囲を巻き込んでいく力の必要性」を痛感したと、後を受ける。
「専門外の人から足りない知識を補い、周囲の知恵を結集することで一人では太刀打ちできない難しい課題も解決できると知りました」
とりわけドイツのマックスプランク研究所で共同研究に従事した際には、世界各国から集まった同世代の研究者がしのぎを削る環境に身を置いて、「やりたいことがあるならきちんと意思表示し、一緒にできる人を探すことが重要。能動的に動かなければ何も始まらない」と考えるようになったと自らの変化を語った。
カデットプログラムの真価が問われる
カデットプログラムでの経験は、学生たちの意識に大きな影響を及ぼした。当初はアカデミアの世界に残って研究することを考えていた松本さんは、「多くの人を巻き込むことで一人では成し遂げられない大きな目標に到達できることを知り、社会を変えるような仕事に携わりたいという思いが膨らんだ」とコメント。
高等専門学校から大学院へと進学した浅野さんは「量子力学に関する研究を進めたい。いつか量子力学が高等専門学校の科目の一つになるほど、モノづくりやエンジニアリングの現場にも応用できるようになるまで浸透し、発展する。そんな未来に貢献することが夢」だと言う。カデットプログラムを経た学生たちは、広い視野で世界を見渡し、より大きなフィールドで自らの力を生かそうとしている。
そんな学生の姿に、木村教授もこのプログラムの確かな手応えを感じている。
「今後人類がどのような課題に直面するのかを予測することは不可能です。しかしどんな課題でもきっとそれぞれのフィールドでそれらを力強く突破していってくれるはずです。ここを巣立った人が10年後、20年後にどのような活躍をしているか。そこにこそプログラムの真価が表れます。それを楽しみに待ちたい」。これからの活躍に期待する木村教授の顔は明るい。