なぜ日本産MBAの「質」はこんなに低いのか 13年間早稲田で教えてきて悟ったこと

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WBSは専門職大学院になってからも論文執筆を修了要件として課しており、いまでも専門職学位論文、もしくはプロジェクト研究論文の執筆が義務づけられている。

私はこの論文執筆こそが、ビジネススクールで学生たちを鍛える最良のメソッドの1つだと思っている。自分でテーマを設定し、専門書を読み込み、フィールドワークを行ない、数十ページから100ページを超える論文を執筆する。その過程で、論理的にものを考え、自分の主張を練り上げ、事実で証明し、自らの言葉で明晰に表現するなどの力が磨かれる。

ビジネススクールは本来、次世代リーダー候補生を鍛えるために、徹底的に考える訓練を行なう場であるべきだ。経営者をめざすなら、潮流を読み解き、本質を見抜き、どのような舵取りをすべきかを熟慮しなければならない。

悩み、もがき、苦しむ過程を経て、自分なりの答えを導き出す。論文執筆はこの「深く考える」ことの疑似体験にほかならない。データ分析で現状を理解したり、フレームワークを使って情報を整理するなど、ビジネススクールで学んでいることは、「深く考える」ための「前作業」にすぎない。

しかし、論文執筆をきちんと指導しようとすれば、教員にかかる負荷は小さくない。学生と1対1で向き合い、「家庭教師」さながらの指導をする必要があるので、手間がかかる。私は101人のゼミ生の論文執筆を指導したが、いまでも誰がどのような内容の論文を書いたのかを思い出せるくらいだ。論文執筆が課せられているかどうかは、そのビジネススクールが「まっとう」かどうかを判断するひとつの基準である。論文執筆を課していないビジネススクールは、学生たちを鍛えることを放棄していると言わざるをえない。

卒業の基準も緩すぎる

『結論を言おう、日本人にMBAはいらない』(KADOKAWA)。日本を代表するビジネススクールで13年間教鞭を執った著名コンサルタントの結論は、「日本人にMBAはいらない」だった。誰もが驚くMBAの実態から、真の市場・社内価値の高め方まで、すべてを語る! 画像をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします。また、12月14日(水)に著者の出版記念セミナーが開催されます

海外のトップスクールは入学するのも大変だが、卒業も容易ではない。ハーバード・ビジネススクールでは、1年次の終わりに各教科で下位の約1割が落第になる。そして、一定数以上の教科で落第すると、自動的に退学となる。海外トップスクールのMBAという学位は、熾烈な生き残り競争に勝ち残った証でもある。

それと比べると、日本のビジネススクールはきわめて甘い。必要な単位数をとれば必ず卒業できる。「同級生との競争に負けて、落第するかもしれない」という恐怖心は、日本のビジネススクールには存在しない。

WBSの場合は先に述べたように、論文審査に合格する必要がある。遠藤ゼミの101人の卒業生のうち、2人は卒業を半年延期させた。論文の出来栄えがゼミの最低基準に達していなかったので、学生と話し合い、納得してもらったうえで半年間論文指導を延長し、彼らは卒業した。

しかし、そんなことをする私のような教員はきわめて例外的だ。ましてや論文執筆を課していないビジネススクールでは、普通に授業に出席し、与えられた課題を無難にこなしてさえいれば、ほぼ間違いなく卒業できてしまうのである。

そうしたビジネススクールで取得した「なんちゃってMBA」に大して価値がないことは、多くの日本企業、MBAを取得した本人、その周辺の多くの人たちが、すでに気づいているのではないか。

遠藤 功 シナ・コーポレーション代表取締役

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えんどう いさお / Isao Endo

早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)。三菱電機、複数の外資系戦略コンサルティング会社を経て現職。2005年から2016年まで早稲田大学ビジネススクール教授を務めた。

2020年6月末にローランド・ベルガー日本法人会長を退任。7月より「無所属」の独立コンサルタントとして活動。多くの企業のアドバイザー、経営顧問を務め、次世代リーダー育成の企業研修にも携わっている。良品計画やSOMPOホールディングス等の社外取締役を務める。

『現場力を鍛える』『見える化』『現場論』『生きている会社、死んでいる会社』『戦略コンサルタント 仕事の本質と全技法』(以上、東洋経済新報社)などべストセラー著書多数。

 

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