小林麻央さんの「後悔」から一体何が学べるか 医療の不信を煽る週刊誌で患者は進化した?

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現在、医療の現場では、医療者に対する患者さんの不信感が募っています。週刊誌などで、医療の不信を煽る特集記事が頻繁に組まれているからです。

「高血圧の薬は飲まない方がよい」、「がんになっても手術は受けてはいけない、抗がん剤治療は受けてはいけない」――。こうしたセンセーショナルな特集を組めば、その雑誌がよく売れ、よく売れるから次号にも特集記事を続けるという状況が続いているのです。そして、一つの雑誌が医療の特集で売れると、それを見た他の週刊誌もこぞって同様の特集を組むという現状です。

週刊誌の医療特集に「煽られる」のも1つの進化

実際、私の外来にも、これまで副作用の症状が現れていないのに「高血圧のこの薬は飲んでいて大丈夫ですか」と心配してたずねてくる患者さんがいました。「この高コレステロール血症の薬は、週刊誌に筋肉が壊されると書いてあり、怖いのでやめたい」と言われたこともあります。医療機関に助けを求めて訪れた患者さんが、医療者を信用できないとしたら、それはとても不幸なことです。何とかしなければなりません。

ただ、医療の歴史を俯瞰的に眺めてみると、このような対立は生じるべくして生じていることがわかります。この対立を経ることで、次の時代の医療に移らなくてはならないのです。

それでは、今までの医療はどんなものだったのでしょうか。それは専門家に患者が「お任せ」する、依存的な医療であったということができます。患者は受け身で説明を受け、ただ同意をするだけ。医師のいうことには逆らえません。「先生にすべてお任せしますから、魔法の薬で治して下さい」。そんな気持ちで医療機関を訪れる患者も多いのも事実です。

実際、ある程度治療方針の決まった病気なら、専門家に判断を委ねて患者は受け身となっているだけでも、問題はさほどありません。たとえば、肺炎になったり、膀胱炎をおこしたりすると、診療により投与される薬で菌が排除され、病気が軽くなります。骨折を起こしても、医師に任せて固定してもらったり、手術をうけることで、具合が良くなります。

ただ、自覚症状に乏しい慢性病の場合は、患者さんの療養生活が大きな鍵を握ります。たとえば、糖尿病や高血圧などの生活習慣病では、日々の生活をどう変えられるかが大切なのです。あるいは、がんやその他難病になったときの療養生活でも、患者さんの意志が大きくその経過を変えてしまいます。

1956年に、米国のサッシュ博士とホレンダー博士が論文に発表した医師(医療者)と患者関係のモデルによれば、病気の種類や状況に応じて、医師と患者関係は変わってくることを予言しています。


この表が作られたのは、60年も前のこと。それにもかかわらず、日本では現時点でやっと「説明ー協力」の関係の医療が出来つつある段階であり、まだ「協働作業」の医療は実現できていないことに驚かされます。しかも、60年前と比べて、今はメタボリック症候群などに代表される慢性病が一般的になっています。がんも、診断されてから5年以上生存する人が多くなっています。こうした病気の療養生活では、医師と患者の協働作業こそが大切なのです。

しかし、患者の側も医療者の側もその準備が充分にはできていないのが、現在の状況ではないでしょうか。

加藤 眞三 慶應義塾大学看護医療学部教授

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かとう しんぞう / Shinzo Kato

1956年生まれ。1980年に慶應義塾大学医学部卒業。1985年に同大学大学院医学研究科博士課程単位取得退学(医学博士)。米国マウントサイナイ医学部研究員、 東京都立広尾病院の内科医長、内視鏡科科長、慶應義塾大学医学部・内科学専任講師(消化器内科)などを経て、 2005年より現職。著書に『患者の生き方』『患者の力』(ともに春秋社)などがある。毎月、公開講座「患者学」を開催している。
 

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