貧困の多くは「脳のトラブル」に起因している 「見えない苦しみ」ほど過酷なものはない

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ようやくわかった。見えない心の痛みというものが、これほどまでに具体的で、外傷などと同様に、もしくはそれ以上の痛みを人にもたらすものだということを、僕は自身が病気になるまでまったく想像できなかったのだ。

懺悔は尽きぬ。けれどここで書きたいのは、「過酷な経験は人の脳を壊す」「貧困もまた脳を壊す」「壊れた結果、人は貧困から抜け出せなくなる」という確信だ。

なぜ、高次脳機能障害になったときの僕と貧困者がそれほどまでに符合したのか。それは、たとえば貧困状態にある人たちが、毎日、将来の不安におびえ、各種支払いに追い込まれ、強いプレッシャーとストレスの下にさらされた結果、脳の機能、特に認知面などに大きなトラブルを抱えてしまうからなのではないか。

貧困状態以外でも、たとえば暴力や暴言などの被害、または災害やそのほかの大きな心理的ショックによるPTSDもまた、高次脳機能障害同様の認知のゆがみや集中力、判断力の低下を呼び、結果として貧困に陥るというケースがあるのではないか。PTSDは「心的外傷後ストレス障害」だということは僕のようなアホでも知っているが、心的「外傷」ならば、そこに痛みを伴う。心的などというと混乱するが、それはむしろ「脳的外傷後ストレス障害」に置き換えられるものなのではないか。それは見えない激痛なのだ。

エビデンスは医学者に譲りたいが、当事者的にはこれは推論ではなく確信だ。拙著『最貧困シングルマザー』(朝日新聞出版・単行本原題『出会い系のシングルマザーたち』)で僕は出会い系サイトで売春することで生計の足しにしているシングルマザーという、極端な隘路に迷い込んだ女性たちを取材したが、彼女らは目も覆いたくなるような貧困状態にありつつ、ほぼ精神科通院中か通院歴があり、そしてやはりほぼ全員がDVを主因とした離婚の経験者だった。

なぜ貧困売春シングルマザーが、全員DV経験者だったのか? 当時の僕は彼女ら自身のパーソナリティの共通性などに答えを求めようとしたが、今ならわかる。彼女らはDVサバイバーだったから、その過酷な経験の中で心(脳)にトラブルを抱えた結果として、貧困に陥り、さらに貧困の中のストレスでその傷をこじらせて抜け出せなくなってしまっていたのだ。

ならばDVサバイバーという言葉にだって問題がある。サバイバーとは「生き抜いてきた」者という印象があるが、直接的な被害は離婚によって終わったとしても、彼女たちはその後の心の見えない痛みと戦い、苦しみ、その傷が癒えないかぎりずっとサバイブ中なのだ。

あのときのハモちゃんも、DV男から逃れた後の苦しみと戦い続けていた真っ最中だったのだ。

貧困状態の継続は、脳のトラブルを悪化させる

結論は、脳のトラブルの結果として陥る貧困というものがあること。そして貧困状態の継続は、その脳のトラブルを悪化させるということ。そしてそうした当事者の痛みや苦しみは、見えない、理解が非常に難しい(自身が当事者になってみるまでわからない)ということだ。

思い起こせば起こすほど、貧困の当事者取材で受けた印象のあらゆることが、腑に落ちてくる。なるほどこれは貧困者の働けない理由なんか不可視も不可視で当然だ。返す返すも、こんな確信に至るにあたって、僕自身が脳梗塞でぶっ倒れたことは僥倖だったと思うのだ。

次回からはこの「貧困という脳のトラブル(病)」を前提に、現状の生活保護制度や支援の問題について突っ込んでいきたい。

鈴木 大介 ルポライター

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すずき だいすけ / Daisuke Suzuki

1973年、千葉県生まれ。「犯罪する側の論理」「犯罪現場の貧困問題」をテーマに、裏社会や触法少年少女ら の生きる現場を中心とした取材活動 を続けるルポライター。近著に『脳が壊れた』(新潮新書・2016年6月17日刊行)、『最貧困女子』(幻冬舎)『老人喰い』(ちくま新書)など多数。現在、『モーニング&週刊Dモーニング』(講談社)で連載中の「ギャングース」で原作担当。

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