トヨタが一途に社員へ叩きこむ「思考の本質」 専門知識を持っているだけでは役に立たない

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拙著『深く、速く、考える。「本質」を瞬時に見抜く思考の技術』でも詳しく解説しているが、こうした深い思考の技術を社員に身に付けさせているのがトヨタ自動車だ。トヨタでは、すべてのホワイトカラー社員は、入社後まもなく課題を与えられ、上司の指導を受けて「A3報告書」と呼ばれる文書をつくりながら、課題をシステマチックに解決する教育を受ける。

A3報告書とは、A3用紙1枚の標準化されたフォーマットに記入してつくる文書だ。この教育を受ける際には、いきなりA3報告書を全部完成させるのではなく、各セクションが完成するごとに指導を受ける。その際に上司は「こうしなさい」という指導はせずに「本当に問題はそこにあるのか?」とか「それが真因なのか?」という質問をして、部下に考えさせる。

単純にA3サイズの紙にまとめればそれでよいのではなく、ムダな記述を極限までそぎ落とし、本質的に重要なポイントだけに絞って紙1枚にまとめるのがポイントである。これによって、作成者の思考がコンパクトに表現され、ノウハウの伝達・共有のための強力なツールとなる。

そうしてできた、優れたA3報告書には、A3用紙1枚の中にものごとの本質が凝縮されている。読むと思わず、「なるほど、本質はそこだったのか」とか「すごいアイデアだな」とうならされるものだ。

具体と抽象を自在に操る「ズームイン・ズームアウト思考」

元トヨタ社員のある米国人の話では、トヨタはA3報告書などを使った教育で、5年近くかけて、社員に具体と抽象を自在に行ったり来たりできる「ズームイン・ズームアウト思考」を身に付けさせるのだと語っていた。

別の人はこれを「鳥の目、虫の目、魚の目」と表現している。「鳥の目」とは、高い空の上から全体を俯瞰する抽象思考のこと。「虫の目」とは、細かい現実を詳しく見る具体思考で、トヨタでよく言われる「現地現物」という考え方そのものである。「魚の目」とは、要するに魚眼レンズのような超広角レンズでものごとを間近から見ることによって、視点の中心は虫の目のように細かいことが見えるが、視点の周辺には周囲の幅広い視野が見えていることだ。

トヨタといえば、「現地現物」で、現場に行って、現実を細かく見ることを非常に重視していることは広く知られているが、ズームアウト思考(抽象思考)を重視していることはあまり知られていない。A3報告書は、その能力を鍛える1つの手段であると解釈できる。

問題は、ズームアウト思考を教える定型的な方法がなく、あくまでもコーチングという個別指導でしか伝授できないことだ。こうしたズームイン・ズームアウト思考は、AIの時代に生き残るためにますます重要になってくる。

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