(第3回)「スター誕生!」と「UFO」

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(第3回)「スター誕生!」と「UFO」

高澤秀次

●阿久悠が全面参加した「スター誕生!」

 1970年代のアイドルを多数生み出したTV番組に、『スター誕生!』があった。

 阿久悠のテレビへの本格的コミットは、その放映をきっかけに始まる。スター誕生とは、前回触れた豊かな時代の"みなし児たちの市場化"の瞬間でもあったのだ。
 1971年10月から1983年9月まで、日本テレビ系全国ネットで日曜の午前に放映された『スター誕生!』は、そのプロセスをガラス張りにした画期的なオーディション番組だった。
 阿久悠はこの番組に、企画書づくりの段階から参加しただけでなく、番組の構成・審査から、合格者をスターにする仕掛け人の役まで、一手に引き受けたのだ。

 スーパーバイザーでもある作詞家--それが阿久悠という異能者の切り開いた新境地であった。
 ひとえにそれは、モノそのものではない精神的「飢餓」と、それに見合った「憧憬」の新しい形を、歌によって表現するためであった。きれいな服を着て、おいしいものを食べている豊かな時代の迷い子、アイドルと呼ばれるみなし児たちのために、新しい歌を!

 歌謡界に限らず、70年代以降のクリエーターに求められた必須条件は、この更新された「飢餓」と「憧憬」のイメージをめぐる、市場化可能性の発見につきる。
 ピンク・レディーのレコード大賞受賞曲『UFO』(作詞・阿久悠、作曲・都倉俊一)は、そうした70年代の「飢餓」と「憧憬」の所在を、鮮やかに示していた。

●『UFO』はなぜヒットしたのか?

 モノそのものから、イメージ化されたモノの時代へ。
 『UFO』は、阿久悠的なマーケティングの勝利を決定づけた一曲でもある。
 そのノウハウを、彼は「時代の飢餓感にボールをぶつける」(『書き下ろし歌謡曲』)という言葉で表現する。そこに命中した時が、歌が時代を捉えた時だと。
 「UFO=未確認飛行物体」
 この謎めいた記号には、たしかに時代の無意識に働きかける何かがあった。モノが手に入ったあとの精神の空白、そこに飛来してきたUFOは、「時代の飢餓感」を映すリアルな幻だったのだ。そうでなければ、子供たちだけでなく大の大人までがUFOに萌えたりなどしない。

 定かならぬモノへの漠たる飢餓感を、ピンク・レディーは大いに煽ってくれたわけである。
 異次元の世界から遣わされた幼き巫女(みこ)のような出で立ちと、ロボットのような人工的アクション。二人の少女アイドル・デュオは、UFOのイメージを地上的にビジュアル化してくれる媒体(メディア)であり、そのための強力なキャラクターだったのだ。
 都倉俊一の急き立てるような楽曲に煽られ、宇宙人の装いのピンク・レディーの歌とアクションが、「飢餓」と「憧憬」の新しい形を、異次元から呼び込んでくれる。これには、阿久悠も思わず快哉を叫んだはずだ。歌詞自体も、会心の作といってもよかっただろう。

 だが、彼女たちの歌手生命はそう長くは続かなかった。
 1978年、『UFO』でレコード大賞を獲得し、人気の絶頂にあったピンク・レディーは、70年代で燃え尽きたようにあっけなく引退する。私たちは一つのプロジェクトだったという、謎めいた一言を残して。デビューから、5年足らずでやってきたそのフィナーレは、テレビ映像によって作られたアイドルには、耐久消費財のように定められた"寿命"があることを、多くの視聴者に強く印象づけた。

●歌謡曲をビジネスに変えた2つのTV番組

 ところで、流行歌と言われた歌謡曲が、ビジネス・プロジェクトとしての新局面を開いたのは、遠く1959年(昭和34年)に開始された「レコード大賞」という一大イベントによってであった。
 後にテレビ放映されるようになった「レコード大賞」と「NHK紅白歌合戦」によって、歌謡曲は興業、見せ物のイメージから脱皮する。そして、幅広い底辺をもつ市場化可能性に溢れた大衆文化として、社会的に認知されるようになるのだ。

 第1回レコード大賞受賞曲の水原弘『黒い花びら』は、白黒テレビの時代。『UFO』はカラーテレビの普及した1978年の作品だ。この約20年間に、演歌からアイドル歌謡まで、昭和・戦後歌謡の"進化"の歴史は圧縮されている。
 なかでも阿久悠のユニークさは際立っていた。
 『UFO』以外にも『また逢う日まで』(尾崎紀世彦)、『北の宿から』(都はるみ)、『勝手にしやがれ』(沢田研二)、『雨の慕情』(八代亜紀)と、およそ違ったタイプの大賞受賞曲が、ことごとく阿久悠の手に掛かっている。しかも右の5曲は、すべて70年代のヒット曲である。

 スターの条件を、「手の届きそうな高嶺の花か、手の届かない隣のみよちゃんか」と喝破した阿久悠は、70年代をリードする歌謡界のマーケティング戦士でもあったのだ。先の『スター誕生!』は、みよちゃんが高嶺の花に化け、高嶺の花が逆にみよちゃんに変身する瞬間を、ライブ感覚で同時代の視聴者に伝えた。
 だが、同番組からデビューした小泉今日子、中森明菜を最後に、アイドルの時代は幕を下ろす。それが80年代の前半だった。「飢餓」と「憧憬」の対象が、さらにまた様変わりしようとしていたのだ。昭和も戦後も遠く彼方に霞んでゆく。

 死の2年前に当たる2005年、自作の集大成として彼は、『人間万葉歌--阿久悠作詞集』という5枚組のCDを編んだ。そこに収録されたインタビューで、作詞家は「70年代が終わる頃から、歌の匂いがしなくなった」と、去りゆく時代を回顧している。

高澤秀次(たかざわ・しゅうじ)

1952年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。文芸評論家
著書に『吉本隆明1945-2007』(インスクリプト)、『評伝中上健次』 (集英社)、『江藤淳-神話からの覚醒』(筑摩書房)、『戦後日本の 論点-山本七平の見た日本』(ちくま新書)など。『現代小説の方法』 (作品社)ほか中上健次に関する編著多数。 幻の処女作は『ビートたけしの過激発想の構造』(絶版)。
門弟3人、カラオケ持ち歌300曲が自慢のアンチ・ヒップホップ派の歌謡曲ファン。
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