電子保存を妨げる規制は、今回の改正で解消へ

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電子帳簿保存法におけるスキャナ保存の要件が改正され、契約書・領収書等の国税関係書類は、金額にかかわらず、すべてが電子保存の対象になり、電子署名も不要とされるなど、電子保存に課せられていた規制が大幅に緩和される。紙による原本保存を義務づけられていた書面の電子保存を本格的に推進できる環境が整った機会を受け、企業は、どう取り組むべきか。企業の情報管理に詳しい弁護士の牧野二郎氏に話をうかがった。


― 今回の改正のポイントは、どこにありますか。

牧野総合法律事務所 弁護士法人
弁護士
牧野 二郎
インターネットの黎明期からネット関連の法律に携わる。現在では企業のセキュリティ、情報漏えい、個人情報保護、内部統制、コンプライアンスなど幅広い分野に精通し、電子署名・認証、文書の電磁的保存に関する政府の委員も歴任

牧野 文書を電子化して合理的に処理したいというニーズを背景にしたe-文書法が2005年4月に施行され、電子保存の大枠は定まっていました。しかし、実際に進めるための詳細な規定は、各省庁等が定める施行規則に委ねられ、その省庁には電子保存への不審、紙に対する神話などもあり、これまで電子化には、やや過剰な規制をかけてきました。

しかし今回、財務省が電子化の推進に向けて大きく舵を切ったことで、規制は大幅に緩和されます。2015年度税制改正により、電子帳簿保存法の施行規則を改正する財務省令が2015年3月に公布されたのです。第一の変更点は、3万円未満の契約書・領収書にしか認められていなかった電子保存について、金額の限度をなくしました。いままで、企業は電子保存をしようとしても、3万円未満は電子保存、3万円以上は紙による保存、と2通りの業務フローが必要で、混乱の元になっていましたが、すべての取引について電子保存が認められたことで、非常にやりやすくなります。

もう一つは、電子文書へのサインに相当する電子署名を不要にしたことです。暗号化技術を使った電子署名は、認証局から電子証明書を発行してもらう必要があり、コストもかかることから、ハードルになっていました。これまで、偽造防止対策として、電子署名と、作成時刻をデータに埋め込むタイムスタンプの両方を入れる必要がありましたが、今回の改正で、タイムスタンプのみで認められることになりました。新要件での書面の電子保存は、3カ月前までに申請書を提出した企業では、今年1月から適用されます。

第二弾として、昨年末に閣議決定された2016年度税制改正大綱で、スキャナでのスキャニング以外に、スマートフォンやデジタルカメラで撮影したデータでも、領収書等を保存できることになりました。

― ここに来て、制度面の整備が進んだのはなぜでしょうか。

牧野 個人的な見解になりますが、一つは国税庁・税務署側に徴税作業を合理化したいというニーズがあるのではないでしょうか。取引、お金の流れは電子化が進んでいるのに、それをわざわざ紙に印刷させてからチェックするのは非合理です。相手先企業のオフィスに行かなくても、本庁からオンラインで企業のデータベースに入れるようになれば、より広く、正確な調査ができるはずです。それは、税の不平等を正すという国民の要望に応えるとともに、国家財政にもプラスになります。

一方で、企業側も、税務調査のためだけに7年、あるいはそれ以上の長い期間、膨大な書類を保管するためのコストを強いられていました。電子保存により、倉庫代などの保管コストを削減でき、税務調査の際に書類を探し出す手間も省力化されます。

業務フローとルールの整備が欠かせない

― 企業にとって、かなりのメリットが期待できそうですね。

牧野 子会社の監査など、内部統制を進めるうえでも効果があるでしょう。スキャニングの際は、紙を画像化するだけでなく、書面の文字や数字を読み取り、帳簿にそのまま使えるデータを抽出することもできるので、伝票と帳簿を突き合わせて精査する定常処理的な仕事は縮小されます。会計監査も、重要取引など精査すべきところに集中できるようになるなど、メリハリが付き、不正行為の防止につながることが期待できるでしょう。

契約書の電子化が進めば、契約トラブルの原因を反映させながら、すでにある契約書を改善して、質の高いものにしていくことも容易になります。一から作成するよりも、コストも安く済み、法務コストの適正化も進められるでしょう。

― 企業による書類の電子保存は今後、一気に進むのでしょうか。

牧野 文書の電子保存のための環境はそろいましたが、企業が実際に導入するには、契約書や領収書をスキャン、仕訳して、データを格納、点検するという一連の業務フローと作業ルールを整備する必要があります。ここからは、電子化に詳しいIT系技術者とともに実務に精通した経理のプロフェッショナルのリーダーシップが重要になるでしょう。

もう一つの課題は、訴訟に備えた紙の原本の保存です。まず、今の訴訟実務では、紙の原本がないことで訴訟上の不利になることはほとんどないことを強調しておきます。ただし、トラブルのリスクがある重要案件の契約書等については、通常処理とは別に、紙の原本を残すことを検討する価値はあるでしょう。

― 企業の経営者は、電子保存に対してどのような姿勢で臨むべきでしょうか。

牧野 資料の電子化が進めば、経理・契約を分析して経営に生かすことも可能になります。契約等のデータを科学的に分析すれば、日々の経営状況を把握し、トラブル原因の特定にも役立つでしょう。これまで暗闇の中を経験と勘を頼みに進んできた経営者は、電子化によって道を照らす明かりを得られ、中長期計画の精度も高められます。紙には一覧性や作業性の高さなど長所がありますが、正確な記録としての契約書や領収書は、電子化の環境が整った以上、紙で残す理由はないと思います。中堅・大企業だけでなく中小・零細企業にもしっかりと取り組んでほしい分野です。これからは、マイナンバーの民間利用推進など、大量のデータを上手く使うことに価値を見いだすビッグデータの時代が到来します。今、私たちは、そうした変革の分岐点にいることを理解すべきです。