ジョンソン・エンド・ジョンソン

“元主婦ナース"が、介護疲れの家族を救う

前例のない活動はなぜ全国に広がったのか

介護保険制度がスタートしてから今年で16年。しかし、人手不足や制度上の制約から要介護者を抱えるすべての家族が満足なサービスを受けられているとは言い難い状況だ。「介護に疲れた家族の力になりたい」という志のもと、一度は家庭に入ったものの、訪問ボランティアナースとして立ち上がった“元主婦ナース”が語る「活動の原点」とは――。

「あるきっかけ」で
女性は立ち上がった

深刻な人手不足が叫ばれる介護業界。中でも在宅介護の人々を助ける訪問看護師やヘルパーは慢性的に不足していると言われ、介護にあたる家族にとっては24時間気が休まることがない。そのような家族の手となり足となって寄り添い続けてきた団体がある。全国訪問ボランティアナースの会、キャンナスだ。

その名に「出来る(Can)ことを出来る範囲で行うナース(Nurse)」という意味が込められているキャンナス。全国各地の登録看護師たちは地域の家庭に訪問し、家族の手代わりとして、吸引、注入やインシュリンを打つなどの看護、排泄や入浴の介助などを行っている。実は、キャンナスで活躍するナースの多くが、家事や育児、自身の家族の介護などでキャリアを中断せざるを得なかった経験を持っているのだという。

代表の菅原由美さんも、結婚からほどなくして退職し、主婦に。キャンナス設立のきっかけになったのは、身内の介護経験だった。

キャンナス代表 菅原由美さん

「末期がんだった義母が、病院から自宅に戻って来たら別人のように生き生きした表情になったのを見て、患者にとって家で過ごせるというのはこんなにも嬉しいことなのだと気付かされました。また、亡くなった後も『家族に看取られながら家で息を引き取ることができて羨ましい』と近所の方から口々に言われ、多くの人が病院ではなく自宅で最期を迎えることを望んでいるのだと実感したんです」

一方で、義母が病院に入院している時は3人の子供の育児と家事をしながら、片道2時間半かけて面会に行ったり、また祖母が入院した時には1日おきに徹夜で付き添うといった介護生活は、菅原さんにとって過酷なものだったという。

「このままでは私が先に倒れてしまうかもしれないとさえ思ったこともありました。そんな時に、心配した主人から『たまには休まないと』と勧められ大好きな宝塚を見に行ったら、とてもリフレッシュできた。介護をする人にとって、息抜きがどれほど重要なことなのかを身をもって感じたんです」

前例のない“自立したナース”
立ち上げ時には各方面からのバッシングも

次第に、菅原さんの心には「看護師の資格を活かして、在宅介護に励む人たちの力になりたい」という思いが湧き上がるようになった。そんな折、自分と同じように看護師免許を持ちながら様々な理由で仕事を離れ、資格と経験を活かし切れていない「潜在ナース」が数多く存在していることを報道で知る。また、ボランティアとして赴いた阪神大震災の被災地で、世界中で活動する国際的な医療ボランティア団体のスタッフに自らの思いを語ったところ、大きな賛同が得られたことも彼女の背中を押した。

こうして、1997年、菅原さんは27人のスタッフとともにキャンナスを設立。しかし、決して順風満帆の船出ではなかった。

「当時は、ナースは医師の元で働くというのが大前提でしたから、医師の指示を受けずに訪問看護するというスタイルは前例がなかったんです。そのため、様々な組織からのバッシングも受けました」

しかし、菅原さんは歩みを止めなかった。というのも、口コミで徐々に利用者が増え始め、訪問先の家庭で「本当に助かった」という声を聞くたびに、多くの人々が訪問看護を必要としていることを肌で感じていたからだ。

夫が勤める会社の一角にスペースを設け、活動を開始した(1997年当時)

転機が訪れたのは設立から3年後の2000年。この年に介護保険制度が始まり、在宅介護を行う家族は、介護保険の制度下で訪問介護サービスを受けることができるようになった。そのため、菅原さんはキャンナスの解散を考えたこともあったという。

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