さまざまな企業のチャレンジが社会を変える
――伊藤先生は、経済産業省の電力システム改革専門委員会で委員長を務めた経験をお持ちですが、今年4月、いよいよ一般家庭向けの電気の小売販売が全面自由化されます。
伊藤 これまで日本では、民間の電力会社が地域別に発送電を一貫して手掛けることで事実上独占的に電力の供給を行ってきました。北海道・東北・東京・中部・北陸・関西・中国・四国・九州・沖縄の電力各社が電力供給を担う、いわゆる10電力体制が続いていたわけですが、欧米のように発送電を分離するなど、より柔軟で多様な競争の仕組みが日本においても必要だと考えられていました。
そこで2000年に契約電力が2000キロワット以上、2004年に500キロワット以上、2005年に50キロワット以上と段階的に自由化を実施してきましたが、その後、議論が進まず全面自由化がいったん見送りとなった経緯があります。ご存じのとおり、2011年に東日本大震災の福島原発事故があり、日本の電力供給体制の脆弱性が明らかとなって電力自由化の議論が一気に加速することになりました。
――今後は、すべてのユーザーが、電力会社や料金メニューを自由に選択できるようになります。さほど電力料金は下がらないと言われていますが、実際はどうなるでしょうか。
伊藤 驚くほど電気料金が下がるかというと、それはないと考えます。5~10年かけて再編が進んでいくことに自由化の意義があります。2002年に新規参入と運賃が自由化された航空業界を見るとわかりやすいですが、寡占化が解消されることで使い勝手がよくなりましたよね。LCCのような格安航空会社が出てきて運賃が下がるまでには、やはり時間がかかるということです。
――2015年12月25日時点で、新電力会社(PPS:特定規模電気事業者)は802社、また4月からの小売全面自由化に向けた小売電気事業者事前登録は、2016年1月18日時点で130事業者となっています。
伊藤 まずは、地域を超えて競争が起こることが大事です。特に既存の電力会社には、すでに小売販売のノウハウがあって、それが他の地域でも提供できるようになるわけですから。さらに2020年に予定されている発送電の分離が実施されれば、新規参入はもっと増えるでしょう。世界を見ても、発送電が分離されていないのは、先進国では日本だけです。
何より、電気は安定供給が第一です。需要に応じた供給の調整はもちろん、異なる周波数でも地域間で融通できるインフラの整備を行って、災害時でも電力を融通できる体制を整えなければなりません。こうした広域的な電力の需給ニーズを調整していくために、全面自由化に先立ちすでに電力広域的運営推進機関が発足しています。
さらに今後は、デマンドレスポンスなどによって価格調整を行っていくことも重要になってくるでしょう。需給のひっ迫が予想されるピーク時間帯に、電力料金が高くなるよう設定すればピーク需要を削減できますし、電力料金を節約したいユーザーにとってもメリットになります。CO2の削減や再生可能エネルギーの拡大などの課題を解決するために、さまざまな企業がいろんなチャレンジをすることで“電力供給体制が柔軟に変えられる仕組みになった”ということが最も大きなポイントです。そうして社会が好ましいかたちへと変化していく基盤が、ようやく整ったというわけです。
――どのような企業が新規参入しているのでしょう。
伊藤 エネルギー関連企業だけでなく、異業種からの参入も相次いでいます。もともと工場などで発電を行っていた製造業や、売電のみを行うアグリゲーターも多く参入しています。エネルギー関連企業で言えば、ガスなど他のエネルギーとのセット販売、大手通信会社は自社サービスとのセット料金を打ち出すなど、海外の自由化で起きたことがいま日本でも起きています。たとえば、住宅メーカーが住宅を販売した顧客にまとめて電気を売るといったことも考えられます。電力市場は大きいですから、非常に魅力的なマーケットです。参入意図は、さまざまだと思いますが、電力と組み合わせたサービスにはいろんな可能性があると考えます。
もちろんユーザーにとっても、そうした幅広い料金、サービスメニューから電力会社を選べるメリットは大きい。たとえ、ユーザー一人ひとりが電力会社を選ぶことがなくても、ビル管理会社やマンションの管理組合、これまで自由化の対象外だった中小企業や商店など、電力コストに敏感なところはすでに検討を始めているはずです。
――日本経済への効果は、どう見ていますか。
伊藤 民間投資が増えるでしょうから、長い目で見るといい話だと思います。何ごとも政府主導ではなかなかうまくいきません。成長戦略の主役は、常に民間経済だからです。電力自由化を契機に民間投資が加速するといいですね。2017年にはガス小売りの全面自由化も予定されていますから、日本のあるべきエネルギーシステムに向けて、その時代の技術を取り込みながら柔軟に多様な変化を遂げてほしいと考えています。