国際標準と特許のルールはどこに向かうのか K.I.T.虎ノ門大学院
IoT時代の標準規格と知財
国際標準をめぐる対立軸は、特許を所有している特許権者と、それらを利用する実施者によって描くことができる。おさらいとなるが、たとえば、A社が製造するスマートフォンとB社のネットワークが接続できるようにするため、通信手段についての共通の仕様、つまり標準規格を作らなければならない。これが通信分野における標準化の目的だ。しかし、標準規格を作る際には、どうしても特許権に守られた技術が含まれる場合がある。これが標準必須特許(SEP)と呼ばれる。
SEPを所有している特許権者には、3つの選択肢がある。まずは、実施者に対して無償でライセンスをする。次に、実施者に対して公平に、合理的かつ差別することなく特許の使用を認めるFRAND宣言をし、その条件下でライセンスする。そして3つめが、ライセンスはしない。
KDDIの千葉哲也氏は「平和利用」と「軍事利用」という表現でSEPの課題を挙げる。「平和利用の場合、実施者がワンストップで複数のSEPをライセンス処理できるように多数のSEPが集められたパテントプールが形成される。しかし、特許権者と実施者が激しい競争状態にある場合などには、特許権者はSEPを含む特許権侵害を理由に実施者の製品販売を差し止めたり、損害賠償請求訴訟を起こしたりする。また、パテントプールが形成される平和利用の場合は、標準規格普及のために比較的安価なライセンス料の設定が一般的だが、軍事利用の場合は差止請求権を梃子にして高額なライセンス料が要求されることによって訴訟提起になる事例もある。いわば、国際標準化のためのSEPを企業間訴訟の重要なツールとして利用している」と指摘する。
SEPをめぐる特許権者と実施者との対立が激化する中、国際的な標準化機関においてSEPについてのルール改正が議論されている。「皆で技術を持ち寄り、皆が活用して事業を展開することで標準化されたサービスを享受できる。標準規格はエンドユーザーに大きなメリットをもたらす。2015年7月16日、欧州連合司法裁判所による特許権侵害訴訟をめぐる判決では特許権者と実施者の双方に対して、差止請求が認められる条件について判断を示した意義は大きい。FRAND宣言をした特許権者から示された申し出に対して実施者が誠実に対応している限り、特許権者による実施者への差止請求を認めるべきではないと考えている」と続けた。
SEPをめぐる議論がなされている中、千葉氏は新たな課題も指摘した。「今、話題となっているM2M/IoTの領域においては複数の団体が存在しており、それぞれがさまざまなレイヤーで技術について検討しているのが現状だ。M2M/IoT関連の技術には多数の特許が含まれている可能性があり、また多くの企業がかかわっているため特許ライセンスの処理をスムーズに行えるような仕組みが求められる」。M2M/IoTの普及を妨げないためにも、IoT時代における知財の新たな在り方を、制度やシステム面も含めて検討していく必要があるとした。
SEPライセンサーの観点からの個人的な見解
一方、ノキアでアジア太平洋地域の特許責任者を務めるヤリ・ワーリオ氏は、あくまで個人的な見解であると前置きしたのち、国際標準化とは異なる動向について持論を展開した。
まず、企業におけるイノベーションの協業タイプとして、標準化を通じての協業、パートナーシップ、オープンイノベーション、そしてエコシステムの4つを列挙。中でも、ワーリオ氏は、スマートフォンの領域におけるエコシステムに関心を寄せる。「新たな成長分野において強者が頂点に君臨するピラミッド型の産業構造と定義されるエコシステムによる協業は、一人の主人とそのほかの大勢で成り立っているモデルであり、一人の主人によって発展したものだ。エコシステムへ参加することは、所有している特許についてほかの参加者の利用を認めることを意味する。しかし、とりわけスマートフォンの場合では、エコシステムの外部にいては競争に参加する機会すら難しくなっている」。
「エコシステムにおいては、参加者は皆、ほかの参加者の新しい技術を利用できるため、相互運用性の問題を減らすことができる。そこでは、特許をめぐって紛争が生じる可能性も減っていくだろう」とワーリオ氏。一方で「特許を所有していない参加者であるならば大きな問題はないが、現在のところエコシステムには君主モデルのために、公平な規制などがない」とも指摘する。果たしてエコシステムは標準化に取って代わるのであろうか。
ワーリオ氏は講演のむすびとして、かつてない革命がハイテク産業において進行していると発言。フリーライセンスによって成立するエコシステムの存在などによって「特許への関心が薄れ、新たな技術の実施のスピードが焦点となっていく」可能性を示唆した。