スクールカーストの地位が「学校の楽しさと」強く関係

文部科学省の「令和4年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」によれば、いじめの認知件数・重大事態件数が過去最多を更新した。いじめの背景はさまざまだが、以前から「スクールカースト」は、その要因の1つになっているとの指摘がある。

スクールカーストとは、学級の児童生徒間や集団間で、自然に発生する固定的な序列を指す概念で、インドの階級的な身分制度であるカーストになぞらえて名付けられたといわれている。スクールカーストを心理学的アプローチから研究している北海道教育大学旭川校准教授の水野君平氏は、次のように話す。

水野君平(みずの・くんぺい)
北海道教育大学旭川校准教授
2019年に北海道大学大学院教育学院で博士(教育学)を取得した後、北海道大学環境健康科学研究教育センター学術研究員、De Montfort University Academic visitor。2020年に講師として北海道教育大学旭川校に着任し、2023年より現職。旭川市スクールカウンセラー、旭川市いじめ防止等連絡協議会会長などを兼任。専門はいじめや学校適応などの生徒指導領域に関する心理学的研究。公認心理師。共著に『あなたの経験とつながる教育心理学』(ミネルヴァ書房)、『はじめての発達心理学』(ナカニシヤ出版)など
(写真:水野氏提供)

「そもそもこの言葉は、2000年代前半にネット上で生まれたようですが、2007年に刊行された教育評論家・森口朗氏の著書『いじめの構造』(新潮新書)を通じて社会的に認知が広がりました。森口氏はスクールカーストを、子どものコミュニケーション能力によって序列が決まり、個人間の序列を表わすものと定義していますが、グループ間の序列を指すこともあり、定義は研究者によってもさまざま。ですが、共通して、学校や学級の中で上下関係のような地位の差が生まれることを意味します」

水野氏がスクールカーストについて研究し始めたのは2013~2014年頃。大学の卒業論文のテーマを考えている際、鈴木翔氏の著書『教室内カースト』(光文社新書、解説:本田由紀)と出合ったことがきっかけになった。自身も高校時代、学級内で上下関係のような空気を強く感じていたこともあり、その原因について研究したいと思うようになったという。

「教室で子どもたちの上下関係を感じる経験をしたとおっしゃる先生方は多く、皆さんもその実態には触れていらっしゃるはず」と、水野氏。例えば、心理学には、「ビッグファイブ」と呼ばれる性格特性(協調性・外向性・勤勉性・神経症傾向・開放性)があるが、この性格特性と中学生のグループの主観的地位との関係を調べてみると、次のようなことがわかったという。

「自分がいるグループの地位は高いと認識している生徒ほど外向性が顕著に高く、協調性と開放性も高い傾向が示されました。また、そうした認識の生徒ほど、所属する学級について、客観的にどのような状態にあるかは関係なく『自己開示がしやすい』『仲がよい』と肯定的に見ています。対して自分のグループは地位が低いと認識している生徒は、逆の性格特性を持ち、学級の捉え方も否定的な傾向があります。そのほか私の研究では、上位グループの生徒ほど学級適応感や学校享受感が高いことが確認されており、スクールカーストの地位が学校生活の楽しさと強く関係していることが示唆されています」

「いじめ」との関連や「授業のパフォーマンス」への影響も

こうした傾向は、教員であれば日々の指導の中で実感する部分があるかもしれない。さらに水野氏は、近年のさまざまな研究から、スクールカーストがいじめの問題や授業におけるパフォーマンスとも関連があることがわかってきていると話す。

「私たちの調査では、自分のグループの地位が低いと思っている生徒ほど、いじめ被害を受けやすく、いじめの解決もしにくい傾向にあることがわかりました。また、高知大学大学院の亀山晃和さんらの研究(2021年)では、理科授業での班活動において学級内の地位が低い生徒ほど心理的安全性が低くなりやすく、批判的な議論もしにくいことが示されています」

スクールカーストは必ずしも上・中・下というようにグループが明確に分かれて存在するのではなく、「地位の差が生まれる度合いは学校や学級によって異なる」と水野氏は指摘する。

以下は水野氏が、中学生に自分のグループの地位の高低を1点~5点で自己評定してもらい、学級ごとに「グループ間の主観的地位の標準偏差」を算出したものだ。

「左のグラフを見ると、『自分のグループは普通』と捉えている生徒が多く、スクールカーストが生徒たちの間であまり意識されていない学級であるといえます。しかし右のグラフでは、主観的地位がばらけており、スクールカーストが明確に意識されている学級であることが見て取れます。また、後者のほうが、主観的な地位と学校での充実感との相関が強く出ました。つまり、学級や学校のスクールカーストの程度によって、学校の楽しさが左右される可能性が考えられます」

下位グループの子どもたちにもどれだけ丁寧に関われるか

では、こうしたスクールカーストの影響を踏まえ、教員はどのような学級経営を心がけるとよいのだろうか。

「小・中学校は、所属する学級のメンバーと授業や給食、修学旅行を共にしなければならず、自分の希望で学級を変えることはできません。もっと言うと、大人の都合で学級に閉じ込められており、上下関係が存在するとそこから逃げられない状況にあります。ならばスクールカーストをなくすために学級をなくしてしまうのも1つの考え方ですが、現実的には上下関係ができるのは仕方がないことを前提に、問題が起きないようにすることが大切だと思います」

つまり、友達との関係性にかかわらず、子どもたちがいじめられることなく、学校を楽しいと思い、授業で自由に発言ができるようにすること。そのカギの1つは、教員の指導や働きかけにあるのではないかと水野氏は話す。

「学校が楽しかったからこそ先生になった方も多いと思いますが、先生方が下位グループの子どもたちにもどれだけ丁寧に関わっていくことができるかが重要であるように思います。子どもたちに快活さや明るさを一律に求めず、分け隔てなくそれぞれの強みを生かすような学級経営に努めることが大事ではないでしょうか」

今の時代はICTも活用することで、そうした学級経営や授業ができるのではないかと水野氏は言う。例えば、1人1台のタブレット端末を活用し、みんなの意見を匿名化した形で共有すれば、いい意見を持っているのにもかかわらず学級の雰囲気を気にして発言することができなかった子も意見表明がしやすくなるかもしれない。

「そのように意見が言いやすい環境は、スクールカーストの地位に関係なく学級全員にとって心理的安全性が高く、学級全体の雰囲気を変えていくことにつながるのではないかと思います。また、異年齢学級も、年齢の差があるぶん、役割が明確になりやすく、実はスクールカーストで起きるような問題が起こりにくいかもしれません。スクールカーストをなくすことは難しいですが、地位の差の意識を薄くしていく方法はきっとあるはずだと考えています」

(文:國貞文隆、注記のない写真:168owl/PIXTA)