ロシア文学が描いてきた「逞しい女性たち」の系譜 ロシア文学者の沼野恭子氏インタビュー

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「戦後」に新しい文学は生まれるか

――ウクライナ侵攻によってロシアを離れざるを得なかった人たちから「亡命文学」が生まれる兆しはありますか。

今注視しているところだが、今はドキュメンタリーの時代。日記や証言を集める。証言集(※)が実際に出ている。今のこの時代を記録して、記憶にとどめておこうと、素材が集まってきている段階。大きな物語や、フィクションを書くためには醸成するためのそれなりの時間が必要だと思う。

(※)作家で詩人のユダヤ系アーティスト、リノール・ゴラーリク氏によるロシア反体制派の証言やアートを集めたプラットフォーム「ROAR(レジスタンスと反体制アートレビュー)」
厳格な言論統制の続くロシアを見つめるアーティストたちが、ウクライナ侵攻などに関する思いを詩や音楽、映像作品などを通じて表現する場。プロパガンダとは一線を画しており、当局による逮捕や厳罰の恐れから、多くが匿名で投稿している。

これからどういう文学が生まれてくるかには、たいへん興味がある。歴史は繰り返す、というが、ロシア革命後に大量の亡命者が出て「亡命文学」とソビエトの本国の文学は、かなり違うものになってしまっていた。

2つのロシア語文学があったと考えられるわけで、ペレストロイカが進むにつれて2つのロシア文学が合流し、ようやく1つになったと思ったら、またこういう事態に。ただ、今の段階では、「亡命文学」が生まれるかどうかの判断はできない。

――ウクライナ侵攻に関する文学が芽吹いていくとしたら、戦後、あるいはプーチン後といえるでしょうか。

ロシア国内では、それしか考えられないだろう。現在は戦争という言葉自体がもう使えない、特別軍事作戦と書かなければならない。(今は)表立って戦争について語ることもできず、反戦の詩すら書けない。ただ、今はネットがある。

――ロシア文学において、詩は大切な位置を占めるといえますか?

ロシアでは、伝統的に文学全般が社会において非常に重要な役割を担ってきたが、その中でも詩はとくに大切なものと考えられている。

子どもの頃から優れた詩人たちの詩をそらんじるよう教育される。アレクサンドル・プーシキン(注:詩人。1799〜1837年。「ロシア近代文学の父」とも呼ばれる)が政治詩を書いて追放され、オーシプ・マンデリシュターム(注:詩人。1891~1938年)がスターリンを揶揄する詩を書いたとして逮捕されるなど、帝政時代、ソ連時代を通して、詩人が抑圧されてきた。それは権力者が、詩や文学の影響力の大きさを恐れているからだろう。

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