夏休み直前の7月中旬、神奈川県横浜市にある公立高校の講堂では、1年生を集めて進路ガイダンスが開かれていた。高校に入学して初めての進路指導というが、前方で話しているのは先生ではなく、お笑い芸人オシエルズ の二人だ。彼らは自己紹介を済ませて、コント「出席名簿」を披露。会場をひとしきり笑わせて生徒たちの心をつかんだ後、自分たちの経験に基づいて進路選択のポイントを話し始めた。

同校で進路指導を担当する先生は、オシエルズ に依頼した理由について「生徒に視野を広げてほしいというのが、いちばんの狙い」と話す。

お笑い芸人は、なりたいというだけではなかなか食べていくのが難しい職業だ。だが、オシエルズ の二人は教員免許を持ち、学校を中心に個性を発揮しながら、その夢をかなえている。しかも、お笑い芸人は高校生にも人気。生徒にとって身近で興味を持ちやすく、年齢的にもより近い立場から進路選択について話してもらうことで、学校側は早い段階から視野を広げてキャリアを考えるきっかけをつくりたいようだ。

まじめな話ながら、合間のコント、テンポのよいボケとつっこみで終始会場は笑いに包まれていた。こうしたキャリア教育のほかいじめ問題など、オシエルズ は全国の学校を回って授業を行っていて、その数は年間100校以上にもなるという。そんな二人の現在の活動や、教育に対する思いに迫った。

漫才授業やワークショップを通して、いじめや進路問題に迫る

――お二人は現在、どのような活動をされているのでしょうか?

矢島 コンビでは小学校、中学校、高校に行き、漫才授業やワークショップを行うことが多いです。個人では、僕は週に1度、埼玉医科大学短期大学で教育学の非常勤講師を担当。看護や医療における笑いの重要性や、コミュニケーションの取り方について教えています。そのほかに執筆業もしています。

矢島ノブ雄(やじま・のぶお)
1987年生まれ。東京都出身。漫才構文デザイナーなどお笑い界で活動しながら、埼玉医科大学短期大学で非常勤講師も務める。一般社団法人 日本即興コメディ協会 代表理事

野村 僕もコンビ活動のほかに、群馬大学医学部で非常勤講師をしています。インプロ(即興演劇)を通してコミュニケーションについて考える授業をしています。また社内でのコミュニケーションを円滑にするための会社研修なども行っています。

――どのようなテーマで漫才授業やワークショップを行うのですか?

野村 小中学生にはネタやワークショップを通して、いじめや人権の大切さを伝えています。笑いというのは、時に笑われている側の気持ちを考える余裕がないくらい、楽しいものです。しかし、それがいじめにつながることも。小学生という年齢が幼いうちに、笑われている側がどのような気持ちでいるかを教えると、響きやすいと感じています。

野村真之介(のむら・しんのすけ)
1988年生まれ。鹿児島県出身。インプロを用いた表現ワークショップを研究しており、群馬大学医学部で非常勤講師も務める

矢島 高校生には、さまざまな職業がある中でキャリアや進路について視野を広げることが重要だと伝えています。子どもたちの中にはあまり考えることなく、何となく進路を決定してしまう人もいます。高校2年生から専攻別になる学校も多いため、高校1年生のうちにキャリアについての授業やワークショップを行うんです。また高校3年生になると進路決定者に対して、社会に出たときのコミュニケーションの取り方などを教えることも。いずれも僕たちがずっと講演をしているわけではなく、テーマに沿ったネタを見てもらった後に、インプロなどのワークショップを行っています。

温かい舞台をつくるのは、表現者ではなく観客

――実際、ワークショップではどんなことをするのでしょうか。

矢島 お笑いのネタは、いかに上手に表現するかが、一般的に重要だと考えられています。しかし表現が苦手な子が小学校の学芸会で下手な演技をしても、観客である保護者が冷たい反応をするわけではないですよね? つまり温かい舞台をつくるために重要なのは、受ける側、見る側のリアクションなのです。

そのためワークショップでは、インプロを見て感じたことを共有したり、最高のお客さんでいるためには、どうしたらいいかを考えたりして、見る側の観点の大切さを知ってもらいます。そうすることで自分の考え方を変えることや、相手の考え方を受け入れることができるようになるのです。

発表の場で、いちばん面白い人だけが評価されるのは、それを得意とする人だけが楽しい授業です。でも聞く側である観客の姿勢がちゃんとしていれば、表現やコミュニケーションが苦手な人にとってもいい授業になる。それがわかると子どもたちも、安心できるんです。

――それらを伝える際に、お笑い芸人だからこそ、生かされている視点や技術はあるのでしょうか?

矢島 僕は大学で“面白いとは何か”という笑いのスキルについて、研究をしていました。そこで見つけた笑いの能力の概念4つをベースに、ワークショップなどを行っています。

1. 表現力
表現者はもちろん、観客も表現力を持ってリアクションを取ることが大切です。

2. 創造的思考力
例えばカップに半分残った水を、「もう半分しか残っていない」と捉えるか、「まだ半分残ってる」と捉えるかなど、見方は変えることができます。マイナスの出来事をプラスに捉えられるように、逆にプラスの出来事の裏にはマイナスが起きていることにも気づけます。

3. コーピング力
コーピングとは「対処する、取り除く」という意味で、緊張や不安を自分でコントロールする力です。例えば、授業で教師は準備に頼りすぎたり、過去の経験にとらわれすぎるのではなく、今に集中して子どもたちに求められていることに応える必要があります。コーピング力を高めることで、これらがやりやすくなります。

4. 論理構成力
ふり、ボケ、つっこみのように、話を整理し、筋道を立てて考えたり、説明する力です。

学校の先生はもちろん、子どもに教える際も、この笑いの概念をベースに伝えています。

取材中もボケとつっこみで場をなごませてくれる二人

野村 先生たちから「笑いを取れる授業をしたい」と、相談を受けることがあります。皆さん、芸人のように笑いを取りたいと思っているようですが、本当に大切なのは表現だけを追い求めるのではなく、お互いに笑い合える環境であるかどうかだと思うんです。これができていればつまらない話でも子どもたちは笑うし、逆にできていないとどんなに面白いことを言っても、笑えないと思います。

矢島 僕らも舞台ではネタを突然行うわけではなく、最初にお客さんをいじって、場を温めるために関係性をつくります。学校生活も同じで、先生と児童・生徒がいい関係をつくってからでないと意味がないんです。怖がられている先生がいきなり面白いギャグをやっても、子どもたちはなかなか笑えませんよね(笑)。こういう環境づくりがうまくできていない高校や大学は、退学率も高いように感じます。いい環境をつくるために、先ほどの1〜4の概念を理解することが大切です。

――ほかにいい環境をつくるために、大切なことはありますか?

矢島 自分の優位特性を知ることも重要です。もちろん観客側の表現も大切ですが、表現する側も自分の得意な方法を知るべき。しゃべりで笑いを取るのは苦手でも、絵や音楽、文章でなら面白さを伝えられる人もいます。先生の中にも、話は苦手でも黒板アートや学級通信が得意な先生はいるかもしれません。そういういろいろな笑いの可能性があることは、先生や児童・生徒にも伝えています。

誰かが誰かの面白い先生であればいい

――学校をはじめ先生や教育関係者に、お二人だからこそ伝えられることはありますか。

野村 僕たちは約3年間ですが教員を経験し、学校の先生のことは非常に尊敬しています。子どもたちのために多くの時間を費やして頑張っている、すごい職業です。前提としてまずそれがあります。

矢島 よく相談されるのですが、先生は芸人ではないので、面白いことができないことへのコンプレックスは持たないほうがいいです。同僚の先生のように、人気者になりたいと思う必要はありません。全員に好かれる先生はおらず、支持される人数が多いことが重要ではないと思います。誰かが誰かの支えになっていればいいと思うんです。例えば、物静かで落ち着いている先生だからこそ、相談できる児童・生徒はいます。誰かが誰かの「面白い人」であればいい。僕の学生時代にも、すごく人気のある先生ではないけれど、つねに決まった生徒に支持されている先生がいました。逆に僕みたいなおしゃべりな先生には、生徒は秘密を話してくれないんです(笑)。

野村 子どもに多様性を求めるのであれば、先生も同じだと思います。学校や先生によっても悩みはそれぞれで、仕事の依頼を受けたときも、僕らが最初からワークショップの内容を提案するわけではありません。悩みを聞いて、僕らができることを提案して、オーダーメイドで一緒につくり上げていきます。これからもそういうふうに話し合いながら、活動をしていきたいです。

――今後の目標などはありますか?

野村 現在は中学校、高校を訪れることが多いですが、小学校の訪問も増やしたいですね。ワークショップのインプロで一緒に舞台をつくるのに、小学生は非常に相性がいいです。止めないと終わらないくらい、盛り上がることも。小学生は自分が傷ついていることにすら、気づいていない子も多いです。そういう子どもたちに、“イヤなことはイヤと言っていい”ということを、もっと伝えたいですね。

矢島 訪問後にもらった手紙に、僕たちのワークショップをきっかけに、自分がいじめられていると気づき、先生に相談できたという声があり、うれしかったですね。もう少し小学校にも訪れやすい環境や、授業として取り入れてくれる制度などができるといいと思います。

オシエルズ
左が矢島氏、右が野村氏。2013年3月にコンビを結成。14年に矢島氏が代表となり「FUNBEST」を設立。お笑いライブのネタやMCはもちろん、学校や企業を対象に講演、ワークショップ、研修などを行う

(文:酒井明子、撮影:尾形文繁)