父親は日本人だが生まれも育ちもポーランド。家では日本語を使わなかったため、19歳のとき、日本に2年間住むまで日本語はほとんど話せず、日本とのつながりも特に感じていなかった。そんな彼女が日本舞踊に出会ったことをきっかけに、自分の中の日本人の血に目覚めた。
彼女の名はハナ・ウメダ(梅田波那)。2020年にはクラウドファンディングで資金を集め、地唄舞・花崎流の名取に。現在は日本とポーランドの懸け橋になるという使命感に燃えている。
ユニークな家庭環境で育つ
ハナさんが育った環境はなかなかユニークだ。父親は「日本人として生まれ、ポーランド人であることを選んだ」梅田芳穂氏。東欧学者であった父(ハナさんの祖父)の梅田良忠氏の遺言により、まだ10代だった1963年に単身ポーランドに渡った。
ワレサ氏が率いる独立自主管理労働組合「連帯」の支援にも関わったが、その活動が反体制的であると一時は国外退去を命じられたこともある。その後、ポーランドに戻ってからは円卓会議のオブザーバーを務めるなど、ポーランドの民主化運動に尽力した人物としてテレビで特集を組まれたこともある。残念ながら2012年に亡くなった。
一方、ハナさんの母親、アグニェシュカさんは日本文化の研究者。特に俳句に造詣が深いという。「ポーランドに住んでいるのだからポーランド語を話すべき」という父親の方針で日本語を使うこともなければ、日本文化にも関心がなかったハナさんだが、19歳のとき、母親が松尾芭蕉の研究のため奨学金を得て日本に滞在することに。その機会にハナさんも一緒に日本に住むことにした。1年目は母親と一緒に暮らし、2年目は親戚の家に身を寄せた。
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