コンゴの性暴力を止める責任は日本にもある ノーベル受賞医師はなぜ闘う必要があるのか

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そのため、鉱山労働者や、鉱物取引および鉱山周辺での小規模ビジネスに従事していた住民は生計手段を失い、生活状況が悪化した。さらに、鉱物からの利益が得られなくなった武装勢力が周辺住民に対する略奪行為を増加させ、人道状況はむしろ悪化したのである。

アメリカでは、紛争鉱物取引規制をめぐる議論の中で、「紛争鉱物のボイコットは、鉱山労働者を失業させ、住民の生活をむしろ悪化させる」「鉱物からの利益が得られなくなった武装勢力が、住民への略奪に走る可能性がある」という懸念が示されていた。

それにもかかわらず、コンゴ政府自身が鉱物禁輸を実施したことでボイコットが行われてしまい、懸念していた通りに住民の生活状況、人道状況が悪化してしまったのである。

日本にも責任がある

それでは、住民に悪影響をおよぼした紛争鉱物取引規制は実施されないほうが良かったのだろうか。規制の導入により、国際社会はコンゴの紛争鉱物問題に真剣に向き合わざるを得なくなったことを考えると、すべてが悪かったわけではない。

今後、コンゴの中央政府や地方政府に対して国際社会からの圧力を高めること、あるいは、政府を介さずに直接住民の生活を支援する援助が行われることで、コンゴ東部の状況を改善しようとする動きが高まるものと予想される。

ムクウェゲ氏は2016年、東京大学で講演を行い、問題の解決を訴えた(写真:華井和代)

ムクウェゲ医師は2016年、東京大学で行った講演でこう訴えかけた。

「従属を強いられ、性暴力にあっている女性たちの尊厳のために立ち上がりましょう。そして、声をあげて悪を糾弾し、このシステムから利益を得ている人たちを糾弾しましょう。声をあげて人間性の豊かな社会を実現しましょう」

コンゴにおける性暴力を止める責任は、日本の政府・企業・一般市民にもある。ムクウェゲ医師のノーベル平和賞受賞が、日本における関心の高まりをもたらすのみならず、コンゴにおける性暴力を止めるための具体的な活動が始まるきっかけとなることを切に願う。

※本記事は、華井和代「コンゴ民主共和国の紛争資源問題」(『アフリカ』アフリカ協会)2018年夏号34~39頁を改稿したものである。
華井 和代 東京大学政策ビジョン研究センター講師

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はない かずよ / Kazuyo Hanai

筑波大学人文学類卒(歴史学)、同大学院教育研究科修士課程修了(教育学修士)。成城学園中学校高等学校での教師を経て、東京大学公共政策大学院専門職学位課程修了(国際公共政策学修士)、同大学院新領域創成科学研究科博士課程修了(国際協力学博士)。東京大学公共政策大学院特任助教を経て、2018年4月より現職。コンゴの紛争資源問題と日本の消費者市民社会のつながりを研究。同時に、元高校教師の経験を生かして平和教育教材を開発・実践している。主著に『資源問題の正義―コンゴの紛争資源問題と消費者の責任』(東信堂、2016年)。

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