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2018/6/29

世界的経営学者、野中郁次郎が語る
今なぜマネジメントにリベラルアーツが
必要なのか Vol.1
今マネジメントの世界で
アートが劣化している

今、ビジネスパーソンの間で、教養=リベラルアーツの重要性が問われている。都心の書店では日本史や世界史、西洋美術史の本が売れ、歴史を見直そうという動きもある。なぜビジネスパーソンはリベラルアーツを求めるのか。そして、ビジネス、特にマネジメントにおけるリベラルアーツの重要性とは何か。経営学を中心に、学問を横断した研究を続け、日本発の経営理論である知識創造理論を提唱し、世界のビジネス界にも多大な影響を及ぼしてきた一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏に話を聞いた。

サイエンスとしての
マネジメントだけでよいのか

なぜ今、ビジネスパーソンに教養=リベラルアーツが問われているのでしょうか。

野中現在、マネジメントの教育は基本的にMBAを中心に行われています。私も1967年から72年まで、カリフォルニア大学バークレー校のビジネススクールに留学し、MBAとPh.D.を取得しましたが、その頃からマネジメントはサイエンスであると言われてきました。

当時はフレデリック・テイラーの科学的管理法の時代からの思想の影響で、すべてを定量化して、分析的、論理的、そして「科学的」にマネジメントをとらえる教育が行われていました。私もアメリカに留学したときは、日本企業では経験や直感重視の世界だったので、「サイエンスとしてのマネジメント」に出合ったときは非常に感動した覚えがあります。

確かにMBAはマネジメントをサイエンスとしてとらえる教育が中心です。

野中ところが、サイエンスだけで感動していてはいけないのです。私と同じくバークレーで学び、2002年にノーベル経済学賞を受賞した心理学者のダニエル・カーネマンは心理学と経済学を融合させた行動経済学で人間の思考システムを次の二つに分けて考えています。

「システム1」の思考法は、感覚的、無意識的、感情的でボトムアップ型。「システム2」の思考は意識的、規則的、客観的でトップダウン型です。それらを言い換えると、「システム1」は直感的アプローチ、「システム2」は分析的、科学的なアプローチととらえることができます。つまり、「システム1」はアートの考え方に精通し、「システム2」はサイエンスの考え方に近いということもできます。

そこで、カーネマンは、「システム1(直感的)」で考え出されたものは「システム2(客観的)」で検証されなければならないと主張しています。ここで重要なポイントは、この「システム1」と「システム2」が絶えずスパイラルしていくプロセスの中で、答えを出していくということなのです。私は、いわゆる、この暗黙知的アプローチと科学的アプローチは、二項対立するのではなく、二項動態、相互補完の弁証法的関係にあって、その結果、真・善・美に近づいていくと考えています。

アートとサイエンスの
バランスが崩れている

アートとサイエンスのバランスを取ることが重要だということですね。

野中そうなのです。マネジメントは確かにサイエンスで検証すべきなのですが、マネジメントは、もともとアートの要素が強い世界です。

身体知の本質というのは、基本的に「意味」や「価値観」「主観」が重要な要素となってきます。主観を大切にしつつ、生き生きとした現実の経験を見る。現実を見るということは、私という主観から見るということです。

私たちは、考えを出し合って何かを議論する際、お互いの主観の中に入り込みながらも、自分の主観をぶつけ合い、「共感(正確には相互主観)」を通じて「客観」に持っていく作業を行っています。たとえば、どんなに客観的に正しい情報があったとしても、自分の主観で理解・納得できなければ、その情報は自分にとって意味や価値がないものとなってしまいます。

つまり、アート(主観)があってこそ、サイエンス(客観)が生きる。それが私たちが提唱する「知識創造理論」の基本的な考え方でもあります。

サイエンスを生かすために、今アートの要素が足りないということなのでしょうか。

野中その意味では、今はアートの世界が劣化しているように見えます。実は、科学的アプローチにおいて、基本的に説明していないものが一つだけあります。それが物語です。物語とは起承転結などのプロセスを通じて、ある出来事の展開を表現するものです。物語は、出来事の原因を科学的に理解したり検証することを目指すものではありません。登場人物や語り手の主観的な視点から事の展開を語っていくものです。物語は、基本的に、数学的に表現できるものではなく、もっと主観的で、過去・現在・未来を連続体としてとらえていくものでもあります。話し手が物事をどのように感じ、経験したのか、つまり話し手の主観的体験や感覚を、あたかも聞き手が直接体験するかのように伝えることができる話法が物語なのです。物語がうまい人は、自分の意思や感覚を人に伝えることがうまく、それによって人の心を動かすことができます。この物語能力というものは、経営者やビジネスパーソンの間でビジネススキルとしてもっと認識されるべきだと思えるのです。

野中 郁次郎一橋大学名誉教授

1935年東京都生まれ。58年早稲田大学政治経済学部卒業。富士電機製造勤務の後、カリフォルニア大学バークレー校経営大学院にてPh.D.取得。防衛大学校、北陸先端科学技術大学、一橋大学各教授などを経て、現在、一橋大学名誉教授。日本学士院会員。知識創造理論を世界に広めたナレッジマネジメントの権威。2017年カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクールより「生涯功労賞」を受賞。主な著作に『組織と市場』(千倉書房)、『失敗の本質』(共著、ダイヤモンド社)、The Knowledge-Creating Company(共著、Oxford University Press、邦題『知識創造企業』東洋経済新報社)、近著に『知的機動力の本質』(中央公論新社)、『野中郁次郎 ナレッジ・フォーラム講義録』(編著、東洋経済新報社)などがある。

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