社会のニーズが複雑化・多様化する中で、企業には専門性だけでなく分野横断的な取り組みが求められるようになってきた。激しく変化するビジネス環境の中で、迅速かつ柔軟に対応するには、社内コミュニケーションの活性化が必要だ。一方で、長年の縦割り意識を変えるのは決して容易ではない。組織が大きければなおさらだが、わずか1年足らずで社内の雰囲気を一変させた企業がある。電気設備とデジタル技術を核としたソリューションを世界109の国と地域に展開するパナソニック株式会社のエレクトリックワークス社だ。「Microsoft Teams」(以下、Teams)を活用し、従業員約3万人の大組織を変えるムーブメントを起こした「仕掛け」に迫った。制作:東洋経済ブランドスタジオ
役員が熱く語り、その脇で社員が積極的に意見の共有を行っている。「今の話は言っているのはこういうことでしょうか」「こういう方向性があってもいいのではないか」「私はこう思う」――。
実はこれ、パナソニック(株)のエレクトリックワークス社がTeams上で開催したオンラインイベントでの光景だ。社員の会話はチャット上でのもの。リアルイベントのときはもちろん、人が話しているときは「黙って聞かなければ」と考えがちだが、Teamsを活用したオンライン イベントでは、登壇者の話を妨げることなく、発信に対してすぐに議論が展開できる。しかも、部署や職制にとらわれず、別のカンパニーからも参加するフラットなやりとりだ。
パナソニック株式会社
くらし事業本部 エレクトリックワークス社
社長大瀧 清氏
「2020年4月にTeamsを一斉導入してから、このように会話が加速し、組織を超えて大きく輪が広がっています」
イベントに限らず、日常の会議でも同様の光景が繰り広げられていると明かす同社社長の大瀧清氏は、長年感じていた課題が解決しつつあると話す。
「縦のやりとりで得られる情報は、意外と限られています。一方で、製造でも営業でも、隣の課が何をやっているかはお互いに知りません。せっかく宝物があるのに活かせていない状態でしたが、Teamsによって“横や斜め”のコミュニケーションが生まれました。パナソニックの他の事業会社とのつながりを含め、新たなイノベーションのきっかけになっていくことを期待しています」
さらりと話しているが、同社の従業員数は約3万人。それほど巨大な組織の文化を変えるのは並大抵のことではなかったはずだ。ログイン率のトラッキングなどの数字の管理にも気を配ったのではと思いきや、「一切そうしたことはしていないし、今後もするつもりはない」と同社常務でデジタルプラットフォーム/ IT担当の井之川裕一氏は明言する。
「どんなこともそうですが、一時的な“やらされ感”では続きません。便利で仕事に役立つとそれぞれが実感できて初めて自発的に使うようになります。だから、Teamsの利活用はプロジェクトではなく、あえて『ムーブメントを起こそう』と呼びかけていました」
今回のようなコミュニケーション改革でKPIを設定したプロジェクトにしてしまうと、KPIの数字にとらわれてしまう。そうした取り組みでは「ムーブメント」を起こせない、とDXセンター部長の藤井典子氏も言及する。
「ターゲットを設定してしまうと、そこを超えることはできないと思うのです。目標数値をいかに達成するかではなく、経営層を含めた従業員一人ひとりが自発的に動かないとコミュニケーションの変化は起きません。
とはいえ、「ムーブメント」は簡単に起きるものではない。単にTeamsを導入して、使い方のレクチャーをするだけではダメだっただろうと井之川氏、藤井氏は口を揃える。では、どのような仕掛けを施したのか。
「Teamsの使い方やちょっとしたコツを共有できるよう、『たすけあい知恵袋』というコミュニティを立ち上げました。ただ、IT部門だけが回答していると、『ユーザーvs.IT部門』といった対立構造が生まれて回らなくなりますので、他部門の人が回答しやすくなる環境を整えることに留意しました」(藤井氏)
投稿に「いいね!」をつけたりコメントを返したりして、「また投稿しよう」という気持ちを促す。いわば、ムーブメントを起こす仲間づくりだ。注目したいのは、同時に「心理的安全性」の確保に取り組んだことである。役員も総出で自らのコメントを書き込んだり、ハートマークでリアクションをするなど積極的に発信していったことで、「フラットに、自由に自分の意見を言ってもいい場所」という認知を広めていった。
パナソニック株式会社
くらし事業本部 エレクトリックワークス社
常務 デジタルプラットフォーム/IT担当井之川 裕一氏
「上司や別部署の人へ気軽に話しかけてはいけない雰囲気はどこかにありました。『あそこに話を通すにはこことここに承認を得て……』と考えるのが普通でしたが、トップクラスの人が口火を切ったことで、『やっていいんや』という雰囲気が生まれたんです」(藤井氏)
心理的安全性を確保しつつ、仲間を増やしていく。コツコツと繰り返した仕掛けが実を結び、「ムーブメント」となっていったのは、Teamsを一斉導入してから半年後くらいからだった。徐々にTeamsの使い方に慣れ、さまざまな部署で独自に活用され始めたほか、社内SNSのMicrosoft Yammerがスタートしてオープンなやりとりがさらに進んだことも影響しているという。
「もっとも大きなポイントは、毎日の仕事の中心にTeamsがあるところでしょう。Officeアプリだけでなく、ファイル共有のSharePointやデジタルノートのOneNoteなど仕事に欠かせないツールのハブとして機能しながら、カジュアルなつながりの起点にもなっています。メンションや『いいね!』、ハートマークなど、気持ちを表現できる機能が肌感覚で使えますから、弊社のような大所帯でも浸透させられたのだと思います」(井之川氏)