経営者の7割以上が意識する 「ビジネス全体でのAI活用」

保科 学世 氏

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部
AIグループ日本統括
マネジング・ディレクター 博士(理学)
アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京 共同統括

保科 学世

世界で起きているAI活用の潮流について教えてください。

保科今、起きているのは「個別プロセスからビジネス全体に活用する」という流れです。「ビジネス全体」の例を2つ挙げましょう。1つは、サプライチェーン全体です。例えばAIで倉庫をピンポイントで最適化しても、ボトルネックは店舗の在庫や輸送手段にあるかもしれません。また、倉庫と店舗をバラバラに最適化すると、両方で安全在庫を積んでしまって結果的に不必要な余剰在庫を抱えるおそれもあります。全体最適を目指すなら、サプライチェーン全体に広くAIを活用すべきなのです。そのためには、業務プロセス全体を正しく理解し、広い範囲で最適化することが欠かせません。

プロセス全体を最適化することも重要ですが、ビジネスの意思決定のあらゆるところにAIを入れることも重要です。現在、経営指標を可視化するダッシュボードを導入している企業は多いでしょう。ただ、単に可視化するだけでなく、取りうるアクションをAIが提示したり、選んだ結果のシミュレーションをAIが実施したりしてくれれば、より迅速で精度の高い意思決定ができます。このように意思決定をAIがサポートする仕組みは、今後あらゆる場面で必要になってくるはすです。

アクセンチュアが2019年7月から8月にかけて行った調査レポート「AI: Built to Scale(ビジネス全体でAIを活用する)」では、「AIをビジネス全体に積極的に導入しなければ、2025年までに著しく業績が低下するリスクがある」と回答した経営者がグローバルで75%、日本で77%に達しました。調査結果を解説した「エンタープライズAIの本格導入でビジネス価値を実現する」にもあるように、実際に進んでいるかどうかは別にして、少なくとも経営層の多くが、危機意識を持ってビジネス全体へのAI活用を検討していることは間違いありません。

図1
図2

アクセンチュアが2019年7月から8月にかけて行った調査レポート
「AI: Built to Scale (ビジネス全体でAIを活用する)」より

実際には、どのようにビジネス全体への適用を進めるのでしょうか。

保科AIをビジネス全体に適用するときには、ロードマップを描く——アイデアのパイプラインをつくり、実現の可能性や価値を検討して早期に実証実験のサイクルを回していくことが欠かせません。ところが、多くの企業はロードマップを描かず、「他社がやっているから」「海外に事例があるから」と思いつきに近い感覚で導入を始めています。

大切なのは、「とりあえず」ではなく、意図的にAIを活用すること。ここで言う意図とは、AIの活用自体を目的にするという意味ではなく、まず自社が解決すべき経営課題を明確にしたうえで、ビジネスの目標とAI戦略を意図的に一致させることを意味しています。そこを曖昧にしたままAIを飛び道具的に捉えている経営者が少なからずいるのが実態ですが、ロードマップを用いてサイクルを素早く回せば、無駄な投資を抑えることができてコスト面でも有利です。

リスクを正しく把握しつつも 効率よくAI活用をするには

ビジネス全体にAIを広げるときには、ほかにどのような点を意識すべきですか。

保科AIといえばデータサイエンティスト、という先入観があるかもしれませんが、データサイエンティストはもちろんのこと、さまざまな専門家が求められます。例えばデータ統合に関わるデータエンジニアや、業務プロセス全体を考えるビジネスアナリスト、AIアプリケーションを作るソフトウェアエンジニア。組織として多様なスキルを持った人をいかにそろえるかが重要です。

また、自社開発にこだわらないほうがいいでしょう。AIがメインストリームの技術になるにつれて、AIツールの価格は下がります。既存の技術が手軽に試せるなら、それらを活用したほうが素早く低コストで実装できます。

多様な専門家がいない、もしくは既存のAI技術を把握していない企業も多いのでは?

保科そこは私たちがお手伝いできます。アクセンチュアにはビジネスからデザイン、テクノロジー、オペレーションまで、それぞれに専門的なスキルを持つ人材がいます。また、世界中のAIソリューションの中から適切なものを選んで、業務プロセスに落とし込む「AI HUBプラットフォーム」をご用意しています。解決すべきビジネスの課題があれば、このプラットフォームの上で適切なパーツを組み合わせて自由にAIサービスを構築することが可能です。

さらに、アクセンチュアには業務コンサルタントがいて、「コールセンター業務は、かくあるべし」というように業務プロセスごとに理想形を追求しています。その世界観に基づいて適切なAIを組み合わせた各種「AI POWEREDサービス」も提供しています。例えば設備や構造物の管理業務を高度化・自動化する「AI POWERED アセットメンテナンス」は、IoTで取得するデータをAIで分析することによって、人が現場に行かなくても遠隔で問題箇所の把握ができるもので、トンネルやダム、工場・プラントなどの定期点検などですでに利用されています。

一方で、AIには人間の偏見を学習するなどの倫理面での懸念が指摘されています。倫理面のリスクはどのように考えればいいでしょうか。

保科重要な問題ですね。AIが省人化・自動化に使われているだけならリスクは顕在化しにくいですが、これから意思決定へのAI活用が進めば、AIが間違った判断を下したときの影響も大きくなります。企業のブランドが毀損されて、最悪の場合、ビジネスの存続ができなくなるケースも考えなければいけません。

倫理面でのリスクを最小化するには、ガバナンスのフレームワークが必要です。また、特定の人によるガバナンスではバイアスがかかるおそれがあるので、ここでも多様な専門家チームで対応することが大切です。第三者的な視点を入れるという意味でも、アクセンチュアは大きな貢献ができると考えています。

目まぐるしい 社会情勢の変化で AI活用はどう変わるのか

COVID-19をはじめ、ビジネスを取り巻く環境は目まぐるしく変化しています。これからとくにAI活用が求められる分野はありますか。

保科先が読めない時代であることは以前から指摘されていましたが、COVID-19に象徴されるように、不透明さはいっそう増しています。先が読めない時代に求められるのは、現状をリアルタイムで把握して迅速に対応すること。その意味では、最初にお話ししたように経営ダッシュボードを発展させてAIが経営指標の変化を捉え、取りうるアクションの提示やシミュレーションを素早く実行してくれる仕組みがあれば、意思決定のスピードアップにつながるはず。そこで、アクセンチュアは経営層向けに各種の数値データを可視化するサービスも現在開発しています。

COVID-19による直接的な影響でいうと、製造や流通、小売り、コールセンターなど、人が物理的に集まる業務も変わらざるをえません。これらの業務はAIによる省人化・自動化が必須で、人に極力依存しない業務プロセスの構築が求められます。

セールスも影響が大きいです。これまで多くのセールス活動はエリアで分かれていましたが、リモートセールスが浸透すると、エリアを超えて専門性の高い人たちでチームを組んで当たるスタイルが台頭してくるでしょう。このときAIがチームメンバーのスケジュール調整をしたり、AI自体がメンバーに入って助言を行ったりすれば、チームとして効率的な営業ができます。この仕組みは「AI POWERED セールス」として提供を始めています。

現場のメンバーがAIとどのように協働するのかもポイントとなりそうですね。AIでビジネスを加速させることのできる組織のあり方とはどのようなものでしょうか。

保科もちろん、AIの本格導入をすると現場の働き方が大きく変わります。AIによって自動化できるものや人との協働が可能になるものが出てきて、人とAIの境界線は日々変化します。それをキャッチアップしてAIのパワーを引き出せる知識とスキルが何よりも重要になります。アクセンチュアもAI関連の投資をしていますが、実は6割が人への研修に充てているのです。

企業のトップが明確に自社のビジネスのあるべき姿を描き、それに沿って業務全体に素早くAIを導入し、AIと人がうまく協業できるようにスキル研修をしっかりと行う――これらができる企業は強い企業だと思います。もちろんこのすべて自社だけで行うというのは難しいので、ぜひ私たちにサポートさせていただければと思います。

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