アクセンチュアもかつて「創造的破壊の危機」に見舞われていた

71%の企業は、すでに創造的破壊に直面しているか、その脅威にさらされている。にもかかわらず、イノベーションに投資し、成果を上げている企業は、わずか14%しかいない——※。

『ピボット・ストラテジー 未来をつくる経営軸の定め方、動かし方』(東洋経済新報社)の記者発表会で、イノベーションをビジネスに結びつけることの難しさについて、著者の1人であるオマール・アボッシュはこのように語った。

DX(デジタルトランスフォーメーション)の重要性については、今さら説くまでもないだろう。進化するテクノロジーを活用して自社のビジネスを変革できない企業に未来はない。ところが多くの企業は、すでに成熟した事業から、将来性のある新しい事業へのピボットに失敗している。 ※アクセンチュア・リサーチによるDisreputability Indexの分析による

 

テクノロジーの進化が潜在的収益価値を生み出す

テクノロジーの進化によって、「潜在的収益価値」
(=企業が本来手にしていてもおかしくない価値)が生み出されている

「実は弊社自身が、創造的破壊を乗り越えてワイズ・ピボット(賢明なピボット)ができた企業の1つ。多くのクライアントから『アクセンチュアの実例を教えてください』と請われていました」

こう明かすのは、同じく記者発表会に登壇したマネジング・ディレクターの中村健太郎氏だ。では、どうすれば賢明なピボットができるのか。「中でも重要なのは経営層の意思決定」という。

「アクセンチュアがピボットできたのは、自分たちの能力を客観的に評価していたからです。2013年当時、アクセンチュアはSI(システムインテグレーション)とアウトソースが事業の中心でした。しかし、クライアントのシステムをオンプレミスからクラウドに移行するとSIの工数が約1/20にまで減り、それに伴い売り上げも減少。一方で大手デジタルプラットフォーム企業は安価なプロフェッショナルサービスを提供し始めていました。当時の経営陣には『このままでは私たちのビジネスがなくなる』という冷静な判断があり、ピボットするという意思決定がなされたのです」

 

なぜ人はヒッチハイクせずにタクシーに乗るのか

「よくも悪くも、日本は変わることをためらうカルチャーがあります。江戸時代が約260年続いたことはよい例えとして言われますが、あれだけ不安定だった室町幕府の時代も250年近く続きました。もともと保守的な国民性を持っており、変化を嫌う文化は今も同じです。例えばスマホが登場したとき、日本の通信業界の方は、『日本人はスマホを使わない』と言われる方が多かった。これは観察・分析に基づいた見解ではなく、希望的な観測に近かったのです。ところが、それを聞いた通信関連業界の皆さんはホッとしてしまった。変化を直視したくなかったからです。

ピボットにはコストがかかり、うまくいくかどうかも不確実。日本の経営者はピボットのコストを過大評価する一方で、変わらないリスクについては過小評価する傾向があります。しかし、大切なのは変わる(ピボットする)リスクと、変わらないリスクを客観的に比較すること。そのうえで変わらないリスクのほうが大きいと考えたなら、胆力を持ってピボットに取り組むべきです」

ピボットを決断したとしても、やみくもに新規事業に乗り出せばいいわけではない。多くの企業がイノベーションに投資をしているが、8割以上の企業が投資に見合った果実を得られていない現状は、冒頭のデータが示すとおりだ。

賢いピボットを実現するためにまずやらなくてはいけないのは、調査への投資。単に最新テクノロジーを調べるだけでは意味がない。重要なのは、自社ビジネスの構成要素を分解して理解し、そこにマッチする可能性のあるテクノロジーを知ることだ。

 

「タクシーの例を考えてみましょう。なぜ人はヒッチハイクしないで、お金を払ってタクシーに乗るのでしょうか。それは、タクシーの免許を持っている運転手のほうが安全で技術も高く、信頼できると考えるから。つまり免許というオーソリティー(権威)にお金を払っていたわけです。しかし、今では利用者の評価を集めて運転手をレーティングできるテクノロジーがあります。オーソリティーに必要以上にコストを払っていることに気がついた企業が、オーソリティーのコストをゼロにして配車サービスを始めたのです。このように、ビジネスの構成要素に対応するテクノロジーを見極められた企業が成功するといえるでしょう」

「選択と集中」という戦略はもう通用しない

将来性のあるテクノロジーと新規事業が見つかったとしても、すべてをそこに懸けて注ぎ込むのは得策ではない。既存事業も、テクノロジーを活用することでまだ利益を生む余地があるからだ。既存事業で生み出したキャッシュを新しい事業に投資することで、理想的なポートフォリオ経営が可能になる。

ポートフォリオ経営の対極にあるのは、将来性の低い事業から迅速に撤退して、見込みのある事業にリソースをつぎ込む「選択と集中」戦略だ。ピボットには選択と集中が重要に思えるが、中村氏は「それではスタートアップにスケールで負ける」と警告する。

「大企業はユニコーン企業に成長しつつあるスタートアップと戦わなくてはなりません。スタートアップは一点突破で、集めた資本のすべてを1つに注ぎ込んで勝負を懸けてきます。一方、例えば700種類の製品で収益3兆円を生み出している大企業だとすると、1つの製品の収益は約40億円。その事業から得た利益を再投資しても、スタートアップの投資額とは桁が違うため投資額に大きな差が生じてしまいます。大企業は、過去の事業からも収益をしっかり上げつつ、事業のフェーズごとに異なる効果を狙って各事業に投資を戦略的に配分するポートフォリオマネジメントで戦うしかないのです」

事業に合わせて人員を異動させる「人材のピボット」を行う際にも注意が必要だ。新しい領域で活躍できるよう社員を再教育することが欠かせないが、研修プログラムを用意するだけでは不十分。中村氏は「トレーニング以前に、モチベーション管理が重要」と指摘する。

「ユーザーファーストで考えて、オープンイノベーションでビジネスを進める、これが今の潮流ですが、突き詰めていくと結局どの会社も同じようなイノベーションに取り組むことになってしまいます。このとき大切なのは、なぜほかならない自分たちが今、挑戦する必要があるのかという目的。研修プログラムを準備する以前に、社員にそれを腹落ちさせ、モチベーションを上げる機会をつくることが欠かせません」

 

中村 健太郎
Kentaro Nakamura
戦略コンサルティング本部
通信・メディア・ハイテク アジア太平洋・アフリカ・中東・トルコ地区統括
兼 航空宇宙・防衛産業日本統括
マネジング・ディレクター

企業が継続的に成長を続けられるかどうかは、経営陣にかかっている。最後に中村氏は、経営層に次のようなメッセージを寄せてくれた。

「今は不確実性の高い、困難な時代です。まずは、日本人はもともと変わることが苦手であるという認識を持ち、変化を起こすには相当なエネルギーが必要であることを理解すること。そして、合理性を超えた領域での意思決定が求められています。マーケットを分析し、魅力的な事業領域を見いだすことは優秀な参謀がいればできます。一方、『なぜ自社は今これに取り組むのか』という物語を紡ぐことは、経営者しかできない仕事です。時代に合わせて、創業当初から掲げている社是やフィロソフィーを拡大したり、再定義することも必要かもしれません。簡単ではありませんが、勇気を持ってピボットし続けることこそが、事業を継続的に成長させる鍵だと考えます」

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