地方自治体が個別にシステムをつくる非効率

MURCとアクセンチュアは、それぞれ地方創生に長年取り組んできました。その中で見えてきた課題はありますか。また、共同提案に至った理由について教えてください。

村林MURCは、デジタルガバメントの調査・研究に注目してきました。例えばエストニアではデジタル化が進んでいて、行政手続きの99%がオンライン上で可能です。エストニアは人口約130万人強で、日本でいえば規模は政令指定都市に近い。そう考えると、日本でも地方自治体のサービスを住民の方に効率よく届けられるはずだと考えました。

同時に、地域の社会課題解決にも取り組んできました。中でも力を入れてきたのは介護。高齢化が進む時代に介護サービスを充実させるには、医療や生活のサポートを含めたトータルなケア、すなわち地域包括ケアの考え方が必要です。

 

村林 聡
Satoshi Murabayashi
三菱UFJリサーチ&コンサルティング
代表取締役社長

こうしたデジタルガバメントや地域包括ケアについて、われわれは研究や実証実験を重ねてきましたが、問題はそれらを日本全国に広げていくときの方法。日本には1724(2019年7月現在)の地方自治体があり、それぞれが個別にシステムをつくるのでは、非常に効率が悪い。また、どこかですばらしい取り組みが行われているのでまねしようとしても、ゼロからシステムをつくるとコストや時間がかかるため、自治体は二の足を踏んでしまいます。

ならば、標準化できる部分は標準化して、各自治体が採用できるハードルを下げたほうがいいのではないか。そう考えて先進的な事例を調査したところ、アクセンチュアが会津若松市で取り組んでいたオープンプラットフォームに出合いました。今回の共同提案も、それがきっかけです。

中村私たちは2011年から会津若松市でスマートシティに取り組んでいます。オープンプラットフォームの上に、エネルギーや観光、予防医療、教育など、8つの領域からスマート化を掲げ、その実現に努めてきました。それがある程度形になった時期には、多くの会社から協業の打診がありました。しかし、スマートシティというプロジェクトはビジョンとアーキテクチャーを完全に共有できていないと一緒に進めるのは難しい。

その点、MURCは同じ思いを抱いていました。先ほど村林さんからあったように、われわれも自治体が個別にシステムをつくっている現状を課題に感じていました。ITは政策を効率的に実現するためのものであるべきですが、現状のようなバラバラのシステムではむしろ足かせになってしまっている。地域ごとに異なる課題があれば、それは個別に対応するとして、ベースのところはプラットフォームで共通化できるはずです。

もう1つは、日本にも日本の慣習に沿ったプラットフォームがあるべきだ、という思いがありました。アメリカや中国では、企業主導のプラットフォームはいくつもありますが、日本ならではの課題解決のための地域主導型プラットフォームが必要。2社それぞれの強みを生かせば、実現できると考えました。

 

中村 彰二朗
Shojiro Nakamura
アクセンチュア
イノベーションセンター福島 センター長

「アーキテクト集団」の両社だからこそ

スマートシティ分野でコンサルティングを本業とする2社が協業することには、どのような意味合いがあるのでしょうか。また、両社の役割分担についてもお聞かせください。

村林スマートシティプロジェクトは市民が相手です。発注者の指示どおりにつくるのではなく、どういった地域社会の課題を解決すべきか、どうすればスムーズな行政サービスができるか、的確な問題意識を持っていなければなりません。つまり、グランドデザインが重要なのです。その意味で、アクセンチュアは明確な全体像を描いていましたし、それが机上の空論ではなく、会津で取り組んでこられた経験に裏打ちされており、リアリティーが感じられました。実りのあるプロジェクトを進められるのでは、と期待しています。

 

中村ITベンダー同士が協業するケースは多いですが、おっしゃるようにMURCや私たちはアーキテクト(設計者)集団。全体の仕組みを把握している者同士がアライアンスを組むのは、新しい試みだと思っています。

もちろん両社には違いもあります。アクセンチュアは会津のプロジェクトで初めて地方の課題を知り、徹底的にそれを深掘りする方向で課題解決してきました。一方、MURCは以前から自治体の総合都市計画支援を行っていて、幅広い自治体と仕事をされてきました。役割分担についてはまだ明確でないところがありますが、深掘りチームのわれわれと、横展開チームのMURCで、それぞれ強みを生かしながらやっていくことになるでしょう。

 

2019年3月に両社共同提案開始の記者発表会が行われた

スマートシティを推進すると、地方はどう変わりますか。

村林エストニアはデジタルガバメント化で、GDP2%分のコスト削減に成功しています。日本は各自治体のシステムが乱立している状態なので、クラウド上のオープンプラットフォームでデジタルガバメントを実現できたら、それ以上のコスト削減効果が期待できるでしょう。浮いたリソースを別の戦略的なところに使うことも可能です。

中村自治体のメリットとしては、地域コストの削減に加えて実現スピードも大きいでしょう。共通プラットフォームを活用せずにスマートシティのシステムをつくると、通常数年かかります。しかし、私たちのプラットフォームを利用した奈良県橿原市は、3カ月で市民の皆様にサービス提供を開始できました。本来、地域のサービスプラットフォームは「クラウドバイデフォルト」「ワンポータル」が望ましい。そうすることで、圧倒的にコストダウンでき、高い生産性を手に入れることができるのです。

そして、オープンAPIを活用した新しいサービスやビジネスも続々と生まれてくるのではないでしょうか。データ共有ができれば、自治体同士のコラボレーションがしやすくなります。例えば、遠く離れた山の多い自治体と海の近い自治体で東京を経由せずに特産品を直接やり取りしたり、バラバラでイベントを開いていた近隣の自治体が広域連携して観光客が周遊できるようにイベントを企画したりといったコラボも考えられます。防災もしかりです。

「市民ファースト」である重要性

自治体からの期待はどうでしょうか。また、スマートシティ化が達成されることで、どのような社会の理想像を描いているのでしょうか。

村林自治体の皆さんからの期待は大きいと感じています。スマートシティやデジタルガバメントに関するイベントを開くと、かなりの来場者がいらっしゃいます。「本当にそんな改革ができるのか」と半信半疑の方も多いですが、少なくともそれぞれが問題意識を持っていらっしゃいます。

中村デジタルスマートシティのイメージが湧かないという方は、一度、会津にいらっしゃるといいですよ。会津の市民参加モデルを見ると、皆さん「会津ができているのだから、私たちにもできる!」とポジティブな気持ちでお帰りになられます(笑)。今MURCと一緒にスマートシティ化の検討を進めている自治体は30を超えており、今年中にもいくつか立ち上がる予定です。導入例が30を超えれば、加速度的に100、200と広がり、ワンクラウドでつながる世界に近づいていくはず。しかし、スマートシティ化そのものが目的ではなく、それによって人々が豊かに暮らせる「市民ファースト」をつねに意識することを忘れてはいけません。

村林同感です。スマートシティ化の先にあるのは、「フリクションレス」。人間を中心とした温かい社会です。実はエストニアに行くと、案外アナログな印象を受けます。なぜなら、デジタルは裏側で人々の生活を支えるツールであり、それを意識することなく自分たちの生活や仕事に集中できているから。このプロジェクトを進めることで、日本のどこにいても同様の市民サービスが受けられる温かい社会をつくることを目指しています。

 

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