デジタル化の推進に必要なビジネス部門とIT部門の健全な緊張関係

塩野義製薬は2017年4月、本社IT部門と子会社IT部門を統合し、シオノギデジタルサイエンス(以下、SDS)として独立させました。当時の課題を教えてください。

澤田本社にIT戦略企画を担う部門と、グループ内のシェアードサービス会社にシステム管理を担う部門の2つがありましたが、両者はコミュニケーションがうまく取れていませんでした。そのような折グループ会社の再編計画があり、IT部門を集約してSDSを設立しました。

人材面の課題もありました。IT専門家の皆さんは製薬会社の門を積極的には叩かれません。シェアードサービス会社の1部門になるとなおさらのことですので、IT専門会社を設立することにより、採用面でもプラスに働かせることができると考えました。

丸山前職は経営企画部員でしたが、ビジネス部門(以下、BU)とIT部門の間でコミュニケーションが成立していない場面に遭遇しました。BUはIT部門に「わかるように日本語で話せ」、IT部門はBUに「何をしたいかはっきりせよ」と……。互いに深い専門性が求められ、業務が細分化されているため、共通言語や共通認識に乏しかったからです。

 

澤田 拓子
Takuko Sawada
塩野義製薬
取締役 副社長

澤田BUはシステム構築をするときに簡単な資料を示せば、あとはIT部門が理想形にしてくれるという誤った認識を持っており、ビジネスを把握している上位者がコミットしていることはまれでした。一方で、IT部門はBUからビジネス課題やシステム要件を導き出すコミュニケーション能力に欠けていました。その結果、真の目的よりも目先のニーズに振り回され、パッチワーク的に構成された使いにくいシステムとなるケースが多くありました。

丸山BUは「ITはIT部門の仕事」と認識していました。ワークフローとITが一体化している事実を理解していなかったからです。一方で、IT部門はWHYとWHATをさておき「HOWを考える」文化でした。ニーズにベストエフォートで応えたら、BUからIT部門の存在価値が認められるという仮説のもとでマネジメントされていたからです。ところがBUはIT部門を「受け身体質」とか「言われたことしかやらない組織」などと評価していました。

IT部門の機能を強化するため、SDSはアクセンチュアにIT人材を預けて育成するプロジェクトを始めました。経緯や成果を教えてください。

澤田SDSを設立して間もなく、アクセンチュアと戦略的パートナーシップを結び、IT機能強化のためのコンサルタントや運用・保守のアウトソーシングをお願いしました。パートナー選定の決め手が、IT人材の育成サポートに関する提案でした。

丸山“武者修行”を考えた理由は社員がシオノギの外を経験することで、製薬業界やシオノギの常識が「世間の非常識」であることに気づいてほしいから。ミドルマネジャーから若手までの5名を1年お預けし、2つ以上の“しんどい”プロジェクトで学ばせていただきました。

永田担当いただいたのは、製薬とは直接関係のない業界のプロジェクトです。皆さん、関西から東京へと環境が変わったこともあって最初は苦労されていましたが、3カ月もすると慣れてきて、積極的にスキルを吸収されるようになりました。

興味深かったのは、プロジェクトマネジメント系のスキルが大きく伸びたこと。当初はデジタルの新しい技術を中心に考えていましたが、実際にやっていただくと、クライアントとのコミュニケーションや、会議の進め方、チームで仕事をするためのタイムマネジメントといったスキルを伸ばした方が多かったですね。

 

丸山 秀喜
Hideki Maruyama
シオノギデジタルサイエンス
代表取締役社長

丸山帰還初日の出来事です。礼を言われるかと思ったら、「この規則や仕組みを変えたい」「資格を取りたい」と要求されました(笑)。そんな彼らもSDSの雰囲気が変わったことに気づく。残った社員が武者修行者に負けまいと、業務プロセス改革を自ら企画し推進したからです。武者修行は他の社員によい影響を与えました。

澤田SDSとBUの関係性も変わってきましたね。以前はBUから起案された計画を丸呑みしていましたが、今は「コンセプトをもっと練ってほしい」と突き返すことがある。よい意味でBUとの緊張感が生まれた。「NOと言えるグループ会社」になってほしいと考えていましたが、そこに近づきつつあります。

丸山経営層によるデジタル化への投資を促すためにも、BUとIT部門は健全な緊張関係であるべき。BUにNOの根拠を納得させ、よい計画を立案してもらうため、IT専門家はロジカルコミュニケーションを習慣化しなければならない。今、SDS社員にそのトレーニングを行っています。

澤田SDS社員がNOと言えるようになった背景には、運用・保守をアクセンチュアに集約したことも影響したでしょう。業務プロセスの変革もサポートいただき、まだ完全ではありませんが、これまで運用・保守を抱え込んでいたSDS社員に余裕が生まれました。余裕があればこそ、BUの部分最適になりやすい要求に流されず、WHYやWHATから考えられるようになります。

規制緩和を見越して、デジタルで先手を打つ

今、製薬業界ではどのようなデジタルトランスフォーメーションが起きていますか。

澤田従来製薬業界は規制が多く、その要求を満たすための“守り”や“受け身”のITになりがちでしたが、創薬をはじめAIを利用する試みは出てきています。新薬を1つ生み出すまでには、長い研究期間と多額の費用を要します。しかも多くの化合物を合成して臨床段階にまで進めることができても、なお市場に出せる確率は10%にも到達しません。他業界の開発関係者からは投資ではなく投機と言われます(笑)。しかし、例えばAIをディスカバリーのプロセスに活用すれば、合成しなければならない化合物の数を絞ることができ、初期の段階を1~2年短縮できます。競争の観点から言うと、これは大きな強みとなります。

当社も、既存のビジネスについてはドラスティックにデジタル活用を進めようとしています。ただ、ニュービジネス系はまだ試行錯誤の段階ですね。製薬で取り扱うデータは機微情報を含むことが多いので、扱いが難しい面もあります。例えば、EU地域と相互でデータをやり取りしようと思っても、GDPR (EU一般データ保護規則)などの規制があって簡単にはいきません。とくに日本は種々の規制が錯綜しており、行政とも連携をしながら進めていかなければなりません。

 

永田 満
Mitsuru Nagata
アクセンチュア
製造・流通本部 ヘルス&ライフサイエンス
グループ統括 マネジング・ディレクター

永田確かに医療や製薬は規制が厳しい業界です。一般的な消費財であれば、自分たちが伝えたいメッセージを消費者に伝えることができます。伝えるチャネルも、従来の広告に限らず、YouTube やSNSを活用して双方向でマーケティング施策を打つことも可能です。しかし、製薬業界は規制があって、自由に患者さんにアクセスしたり、新しい手法で薬の内容を伝えたりすることができません。こういった制約が、製薬業界のデジタルトランスフォーメーションを遅らせていることは否めません。

ただ一方で、海外では規制緩和が進んでいます。日本では診療データが病院の中で閉じていますが、欧米では電子カルテのようなデータが共有化され、それらを基にしたビジネスモデルやサービス提供も始まっています。遅かれ早かれ、日本も同じ方向に進むことは間違いなく、製薬会社も規制緩和の流れを見越した戦略が求められるでしょう。

これまで製薬会社は、薬を作って患者さんに届けることだけに専念してきたところがあります。しかし、規制緩和されれば、薬が必要になる前に予防したいとか、投与された後に快適な生活を送りたいなど、患者さんにとってのアウトカムを増大させる、価値を感じるところに製薬会社もアプローチしやすくなります。

その場合には患者さんとの接点が増えることは確実なので、そのタッチポイントにデジタル技術は必須でしょうし、リアルワールドから収集したデータを分析するアナリティクスも重要性を増すはずです。

澤田もともとシオノギは解析センターが充実しており、ビッグデータの分析も積極的に行っています。リアルワールドのデータという意味では、人々の実生活の中から実証実験データを集める「リビングラボ」をつくれないかという話も関西でしています。幸い大阪は府市連携がうまくいっていて、関西圏の有名大学・研究機関は産学連携も活発です。条件はそろっているので、ゆくゆくはそういったエコシステムをつくっていきたいと思います。

永田今、アクセンチュアは関西オフィスを強化しており、2020年度に1000名に達する見込みです。関西の企業は意思決定のスピードが速く、プロジェクトを推し進める馬力もすごい。私たちとしても、関西は非常に魅力的な地域。今後さらに体制を充実させて、塩野義製薬をはじめとした関西企業の支援ができればと考えています。

 

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