サプライチェーンの無人化は「妄想」か?

MUJINは2011年創立のスタートアップですが、今や製造や物流の現場で知らない人は誰もいないほどの注目企業になっています。短期間でここまで存在感が増した理由をどう分析されていますか。

滝野日本にはすばらしい産業用ロボットメーカーが数多くあり、世界シェアTOP5のうち実に3社が日本企業です。しかし、そんな産業用ロボットの世界には3つの壁があると常々感じていました。1つ目は、ロボットメーカーごとにそれぞれソフトや操作方法が違うこと。2つ目は、ロボットを操作するプログラミング(動作ティーチング)が難しいこと。3つ目は、ロボットと各種センサーなど周辺機器との連携がさらに難しく、プロ中のプロでないと高難度なタスクがプログラミングできないことです。

 

これら3つの壁を「モーションプランニングAI」という技術を用いて解決したのが、MUJINの知能コントローラです。どのメーカーのハードにも対応し、プログラミング(動作ティーチング)が不要で、容易に現場で知能化できることが特徴。これを導入すれば、物流や製造現場の自動化を大きく進めることができます。

MUJINの事業について

 

MUJINが急成長できたのは、人手不足が深刻化してきたことも一因と考えています。創立した11年当時は、自動化といっても経営者の皆さんは「まだ現実味がない」という反応でした。14年ごろから徐々に機運が高まり始めましたが、まだ「人を減らしたらどれだけコストを削減できるか」という文脈でしか語られていませんでした。空気感が変わったのは、17年ごろに新聞の一面で物流危機が報じられてからで、今は「人がいなくて現場が回らない」という状況。どこも切羽詰まっている状態で自動化ソリューションを探す中、私たちに声をかけていただけるようになりました。

江川確かに以前は、工場や倉庫の自動化といっても“妄想”扱いでした。私は15年9月にアクセンチュアの社長になる少し前から、日本におけるモノづくりビジネスの今後について考えていました。そのとき思い描いたのは、工場や倉庫で働く人がいなくなり、しかも顧客に合わせてカスタマイズしたモノをつくり、そのまま自宅まで配達されるという世界です。でも、そんなことを言っても当時は誰も信じてくれなかった。「それって江川さんの妄想でしょう?」と(笑)。

しかし、私の中では確信がありました。15年ごろから人手不足がささやかれ始めて、ホワイトカラーの分野では金融機関がRPAやAIを導入して人員削減に取り組み始めていました。人手という点では、倉庫や工場のほうが圧倒的にかかっているのだから、ホワイトカラーで起きたことは、必ず物流や製造でも起こるに違いないと。

 

滝野 一征
Issei Takino
MUJIN CEO 兼 共同創業者

問題は、どうやってその世界を実現するか、でした。私たちは生産計画、物流計画、販売計画などの計画系レイヤーには強いですが、実際にロボットを動かす段階での物理レイヤーの技術は持っていません。そこで、妄想を実現させるためのパートナーを探していたところ、MUJINを知りました。この領域では唯一無二の存在だと思い、ぜひ一緒にやりたいと熱望しました。

滝野最初にお会いしたのは、1年半ほど前でしたね。

江川はい。「サプライチェーンをすべて自動化したい」という私の妄想を話したら、滝野さんも「絶対にそういう時代が来ます」とおっしゃった。そこで「共に実現させましょう!」という話になって、今回の協業につながっていきました。

滝野ありがたいことに、いまMUJINは各社からさまざまなご提案をいただけるようになりました。ただ、一度お話しして「何かやりましょう」と盛り上がっても、その場だけで終わったり、何の信頼関係もないままいきなり提携や出資の話になったりするケースが多く、なかなかウィンウィンの関係にはなりませんでした。

しかし、江川さんは当社に何度も足を運んでくださり、MUJINのクライアントとなるお客様をご紹介いただくなど、私たちの実利を考えながらお話をしてくださった。多くの企業からアプローチをいただく中で、アクセンチュアは信用できるなと思いました。

江川本当はもっと早く、話をしに行きたかったんです。ただ、われわれはグローバル企業。日本の産業用ロボットが世界を変えられるということを社内でグローバルの経営陣に理解させるのに時間がかかってしまいました。日本のマニュファクチュアリング技術は圧倒的に進んでいるので、他国の人たちに工場を自動化すると言っても、うまくイメージできなかったんだと思います。当時、唯一理解してくれたのは同じくマニュファクチュアリング技術が発達しているドイツのトップくらいでした。

滝野私はアクセンチュアのグローバルとではなく、ジャパンと一緒にやることに価値があると考えています。まず日本でソリューションをつくり、それを世界にも広げていきたい。最初にアクセンチュアのグローバルと話をしていたら、きっと話が合わなかったでしょう。製造業が盛んな日本という環境にいるからこそ、江川さんと同じ“妄想”を抱けたのだと思います。

大企業とスタートアップの連携が世界を変える

今回の協業のポイントを教えてください。

 

江川今回はお互いの強みを生かせる協業になりました。アクセンチュアはこれまでもAIによる需要予測や、それに基づく計画の最適化をやってきました。具体的に言うと、モノがどれだけ売れるから、どれだけ部品を調達したり製造をしたりして、どれだけ在庫を持ち、いつどこに配送するのかという計画の部分です。

ここにロボットの動きを高度化・最適化するMUJINのソリューションや、倉庫機器全体をコーディネートする力を組み合わせれば、さらに全体を最適化できます。例えば、今この商品が売れているから早めに倉庫の前列に移動させるとか、倉庫内で無駄な動線があるからロボットの動きに合わせてレイアウトを変えるといったことも可能になる。考え出すとワクワクしますね。

MUJINとの協業を通じて人材不足などの課題に挑戦し、よりよい社会や働き方の実現を目指す

滝野お互いの補完関係で言うと、アクセンチュアが企業の経営層に深く刺さっていることも魅力でしたね。物流の自動化は、本気でやると数十億円かかります。そこまで額が大きい投資は経営判断が必要なので、その層に信頼されているアクセンチュアと組む意義は大きいと思います。

もちろん、単に実績がある大手であればよいわけではありません。組む相手を一歩間違えるとその企業色がつき、ほかのお客様から敬遠されるなど、かえって不自由になるリスクがあります。しかし、アクセンチュアはさまざまな企業を支援されている中立的な企業なので安心感がありました。

アクセンチュアは世界48万人のグローバル企業。MUJINは約100人のスタートアップ。大手とスタートアップがうまく連携するためのコツがあれば教えてください。

滝野一般論として、大手とスタートアップの協業でうまくいかないパターンはいくつかあります。まず、大手が知的財産を要求してくるケース。スタートアップにとって知財は生命線であるにもかかわらず、平気でそうした要求をしてくる大手もあります。

 

江川 昌史
Atsushi Egawa
アクセンチュア 代表取締役社長

また、大手がスタートアップの無作法を許容できないのもよくありません。今MUJINは成長したこともあって、さらに若いスタートアップの人たちと話す機会も増えてきましたが、服装やマナーなどで気にかかることもしばしばあるのは事実です。しかし、常識ではなく、自分たちにはないクリエーティブな発想が欲しいからこそ組もうとしているのですから、常識の枠に押し込めようとするのではなく寛容である必要があると思います。

同じ意味で“ROI人”もよろしくないです。新しいことを求めて協業するのに、「ROI(費用対効果)は取れますか?」「前例がないけどペイできるのですか?」と言われると、スタートアップ側もリスクを避けて無難なものしか提案できなくなってしまいます。そうなると、いったい何のための協業なのか……という話になります。

一方、アクセンチュアからは一度も無茶な要求をされたことはありません。江川さんだけでなく各階層のリーダーたちともお話ししましたが、“ROI人”はいなかったし、社内を説得するためだけのプレゼン資料作りをさせられたこともありません。

江川アクセンチュアも、ずっと同じような状況を経験してきたからでしょう。私たちはお客様に新しいものを提案するのが仕事ですが、昔は「これは世界に例があるんですか? 本当にできるんですか?」と言われたこともありました。仕組みを納入しても、「運用できないから、アクセンチュアでやってくれ」と言われるから、BPOサービスを立ち上げたり。もちろん知財を要求されたこともあります。滝野さんがおっしゃったようなことを私たちも経験してきたからこそ、逆に今そうしたプロトコルをパートナーに押しつけてはいけないと感じています。

滝野アクセンチュアはコンサルティングするだけでなく、実際にリスクを取って新しいシステムをつくっていらっしゃいます。そこは、現場でドロドロになりながらやっている私たちの感覚と非常に近い。だから一緒にやっていても違和感がないのかもしれませんね。

MUJINは17年、中国EC大手のJDに導入した完全無人倉庫の映像を公開しました。衝撃的な映像でしたが、中国のほうが物流領域のドラスティックな取り組みは進んでいる印象です。今や、日本は中国に後れを取っている状況なのでしょうか。

滝野高度成長期の日本には、「海外のほうが進んでいるから、自分たちはリスクを取りながらでも頑張らないと」というコンセンサスがありました。しかし、日本が最も進んだ国になった途端に外が見えなくなり、リスクを取らなくなった。

国内の大手企業が、私たちのシステムを最初に入れてくれたとき、実例を見れば日本企業の意識も変わると期待していました。しかし、このときも「あれは大手だからできたこと」と特別視されて、無人化の動きは広がりませんでした。

しかし、JDに導入して帰国したら、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。ここにきてようやく日本企業の意識も変わりつつある印象です。

江川潮目が変わりましたよね。少し前までは自動化の話をしても「よくわからないからIT部門に話しといて」と言う経営者が圧倒的に多かった。しかし、最近はAIやITの領域に明るい経営者がかなり増えて、積極的に耳を傾けてくれるようになりました。

新しいお客様とお付き合いを始めるとき、アクセンチュアでは「経営者が“変人”かどうか」議論に上ることがあります。誤解のないように言うと、変人というのは褒め言葉です。日本企業は一般的に経営者の任期が決まっているため、無理に成果を上げるより在任期間を無難に乗り切ろうと考えがち。だからこそ、変人=リスクを取って新しいことを導入しようとする人かどうかが、プロジェクトの成功には重要なのです。

滝野そういう意味で言うと、今、中国が強いのは、創業社長が多いという要因もありますね。リスクの責任もすべて自分で取るので、とにかく進めろという指令がトップダウンで一気にやってくるんです。

江川ドラスティックに変化する時代についていくには、自ら変化する勇気が必要。物流や製造の領域に変革を起こすには、自らリスクを取って力強く進められるリーダーシップが欠かせません。自分の代で変わろうとしていく“変人”な経営者がもっと増えると、日本は元気を取り戻せるのではないでしょうか。

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