単に「物知り」ではない
真の教養人とは?
山本 誠一郎
プログラムアドバイザー
上智大学特任教授
——グローバル化、デジタル化により世界が急激に変化する中で、日本社会、日本企業、日本のビジネスパーソンはどのような課題に直面しているのでしょうか。
山本私は34年間金融業界にいて、最初の14年間は日本の銀行、直近の20年間は米国の資産運用会社で、日本法人の代表を務めました。
今、日本のビジネスパーソンは理念と成果の狭間で悩んでいます。ビジネス環境の変化が非常に激しい時代ですので、ついつい未来予測をしてしまう。ですが、未来は予測するものではなく、創るものです。そのためには、温故知新というか、歴史から学ぶことが重要ではないでしょうか。
例えば1970年代後半に「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれ、日本経済や日本企業が海外で非常に研究された時代がありました。私が米国の大学に留学していた90年代初期には、日本からの留学生は至る所で「なぜ成功しているのか」と聞かれました。ところがそれに答えられない。当の日本企業自身も成功要因を分析することもなく、今では振り返ることもなくなっています。
このバブル崩壊から今までの時代は「敗北の30年」などともいわれます。ただ、私にはピンときません。というのも、世界をリードする米国のハイテク企業と同じ土俵、同じスケールで戦った日本企業はないからです。負ける以前に戦ってもいない。戦略もなくビジョンもなく、ただただ潮流を後追いし、追いついたと思ったときにはもう潮目が変わってしまっている。
曄道私たちが「プロフェッショナル・スタディーズ」を着想した1つのポイントもそこにあります。日本人が、「なぜ日本企業が成功しているのか」を聞かれても答えることができないというのは大きなヒントになります。
昨今、「日本を発信しましょう」ということがあたかもグローバル人材の1つの資質のように盛んにいわれます。しかし、それは決して「歌舞伎とは何か」という定義を英語で説明することではありません。例えば、歌舞伎というもののユニークさを踏まえたうえで、文化として存在する歌舞伎が日本社会の形成にどのような影響を与えたのかを国際社会との比較の中で語れるかが大事です。
また、山本さんが話されたように、戦略を練るためのより深い思考をするために歴史をひもときましょうといっても、それは何年に何が起こったといった知識ベースのものではありません。「プロフェッショナル・スタディーズ」が「国際通用性のある教養」や「創造性を発揮する教養」という言葉を掲げているのもそこに理由があります。
自己啓発本よりも
夏目漱石の『こころ』を
曄道 佳明
上智大学長
——「人生100年時代」ともいわれます。個人は「学び」をどのように捉えるべきでしょうか。
曄道学生たちにも言っているのですが、大学は学びの最終機会ではありません。これはわれわれ大学人もしっかりと自覚しなければなりません。社会に貢献していく人たちを育成すると言っているわけですから、そのプロセスはいったいどうあるべきなのかを今の時代の視点で考えなければならない。変化が激しく、将来もどうなるか予測はできません。こうした中で、つねにクリエーティブに社会で貢献できる人間とは、当然ながら学び続けている人にほかなりません。さらに言えばこれからの時代は、1つ専門性を高めていくというだけでは通用しないでしょう。
山本変化の激しい時代ですので、「学び」については、すぐに役立つことはすぐに役立たなくなる、という認識を持つ必要があると思います。人生100年時代、知識の寿命はあっという間に切れてしまう。
そうであれば、ビジネスに関するテクニカルな知識よりも、例えば夏目漱石の『こころ』を読んだほうが、人間としてどう生きるか、人間の本質的な価値とは何かを考え、自問自答する習慣が身に付く。マーケティングの本や自己啓発本のキャッチフレーズのように「明日から役立つ」わけではないですが、長期的な目で見れば人間として、あるいはビジネスパーソンとして大切なことが漱石の本には書かれているわけです。
——もう何年もイノベーションを起こせる人材の育成が叫ばれています。このような人材は育成できるものなのでしょうか。
曄道ハーバード大やスタンフォード大に通った人が全員イノベーションを起こしているわけではありません。資格を取ればイノベーションを起こせるわけでもないし、イノベーションを起こしたら資格がもらえるわけでもありません。つまり、自身の成長への道筋は一本ではなくて、それは人によっても違うし、あるいは自分が「何に響いたか」によっても変わるわけです。そこでわれわれが考えるべきことは、道筋を示すのではなく、情報や題材があふれている世の中から「何か」を引っ張り出す力を各自が持って、それぞれの生きる道の中でそれを発揮し、結果的にイノベーションにつなげるということではないかと思います。
山本ビジネスにおけるイノベーションとは、ゼロから1を生み出す力というより、1を10に、10を100にする力です。ビジネスとは顧客を知ること、つまり人間を知ることです。古典や歴史から人間の普遍的な営みを学ぶことにより、イノベーションのヒントが得られるはずです。人間の寿命のほうが企業の寿命より長くなる中、個人のキャリアも、転職を含め何らかの形で変えていかないといけない。といっても、ある日突然変われるものでもない。「シフトする」ことは難しい。ですから、ピボットのような動きが大事だと考えています。自分の強みである軸足を決めて、そこを徹底的に磨きながら旋回していく、その結果として、イノベーションを起こせる人材が育つのではないでしょうか。
自分の周囲にない題材に
ヒントが転がっている
——「プロフェッショナル・スタディーズ」が目指しているものを教えてください。
曄道人間の「智」の体系は構造上、多層的であるべきだと思います。大学の学部生であれば、ある学問体系を通して思考する、洞察するプロセスを学び、その中でさらにリベラルアーツ的な教養を層にしながら4年間で1つの「智」の体系を創るという訓練を受ける。
ところがこれを社会に出てからやろうとすると、日々の仕事もあって、なかなかリベラルアーツに手が届かない。一方で、題材はいくらでも転がっています。ニュースの中にあるかもしれないし、あるいは自分がやっている仕事の中にもあるでしょう。ただしここで大事なことは、見えているターゲットの周辺から題材を拾ってきて何かを起こそうとしても難しいということです。
そのため、「プロフェッショナル・スタディーズ」には哲学、宗教、国際政治も入っているし、地域の問題も入っている。自分の周囲にない、あるいは自分の周囲にあると思っていたものではないものから何を引っ張れるかというところに興味を持ってもらいたいというのがわれわれの狙いです。若い方もシニアの方も含めて、多様な人たちが「ヒントとはこういう引っ張り出し方があるんだ」と気づく場を提供したいと考えています。
山本最初に学長からこのお話を伺ったときに、これはまさに時代が求めているプログラムだなと強く共感しました。私が外資系の資産運用会社の代表を務めていたとき、経営理念として「私たちの顧客への提供価値は『智』である。『智の広場』を通じて顧客に価値を提供していこう」と社員と議論していました。「プロフェッショナル・スタディーズ」はまさに社会人向けの「智の広場」。期待は大きいです。
曄道「プロフェッショナル・スタディーズ」に社員の方を送り出していただく企業の皆様には、1年目に完成形を提示するものではないということもお伝えしています。どういう学びの場が必要かという議論が、今の日本の社会には欠けている、だからその題材をここに提供するので、みんなで侃々諤々(かんかんがくがく)と議論をしながら必要なものを作っていきましょう、というのが私の願いです。
さらに、この「プロフェッショナル・スタディーズ」で学んだ人たちが、母校のように「あそこで自分たちは本当にいろいろな議論をした」「ヒントを探し当てた」、そういう思いを持ってもらえるようになるといいと強く思っています。
上智大学 プロフェッショナル・スタディーズ
2020年4月に上智大学がスタートさせる、実業界と一体となった産学協働の新しい試み。アドバイザリーパートナーとなる企業は講座の受講のみならず、各講座内容の企画立案にも関わり、提供プログラムを上智大学と協働して創り上げることも可能。
プログラムは、国際通用性を高める「教養講座」、世界水準のESG投資や交渉学、国際会計など専門性のある講座が揃う「スペシャリスト養成講座」、各分野の専門家や著名人による「スペシャルトーク」という3本の軸で展開。20年度は、アドバイザリーパートナー企業として計18社が参画予定となっているが、スタンダード企業会員や個人の参加も受け付ける。
参画・受講会員区分及び参画・受講料
1. | アドバイザリーパートナー 企業会員 |
メンバーシップ料:500万円/2年 |
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2. | スタンダード企業会員 | メンバーシップ料:100万円/2年 |
3. | 個人会員 | 教養講座1講座:10万円 スペシャリスト養成講座1講座:15万円 |
(すべて税込み)
アドバイザリーパートナー企業一覧
このほか複数社参画予定