1958年12月兵庫県生まれ。83年東京大学経済学部卒業後、阪急電鉄入社。91年松屋入社。99年取締役、2001年常務、05年専務、同年副社長を経て、07年より社長を務める。
経済同友会 副代表幹事
秋田おかげさまで松屋は昨年、150周年を迎えることができました。その歴史を振り返って、私たちの大きなターニングポイントになったと言えるのが1925年に銀座に進出したことです。銀座は街そのものがブランドです。そんな銀座に寄り添い、銀座にふさわしい店をつくるべく、私たちは多くの努力を重ねてきました。銀座はさまざまなアートや文化を発信する街でありますが、私たち松屋も文化の担い手として、一定の役割を果たしてきたと思っています。とくに約70年にわたって、日本デザインコミッティーと共にデザインの啓蒙活動を支えてきたことは、私たちの誇りであり、これからも続く重要なミッションの1つであると考えています。
佐藤日本デザインコミッティーはさまざまなジャンルのデザイナーが集まって生まれたデザイン運動体であり、設立以来、松屋と活動をともにしてきました。デザインを通して、豊かな生活のお手伝いをしていく。これまで社会のお役に立てるデザインの効能を多くの方々に示すことができたのも、松屋とのいい出合いがあったからだと考えています。松屋には「デザインギャラリー」と「デザインコレクション」という「場」がありますが、ここを通すことでデザインの情報発信ができるとともに、いいデザインの商品を多くの方々にご紹介できたことは多くのデザイナーたちにとって大きな励みになりました。
山口百貨店の役割の1つに、「生活価値の向上」、あるいは「文化的生活の提案」があると思います。例えば、アートは、役に立つものか、意味があるものかどうかで言えば、実用的には役に立ちませんが、生活価値を高めるものになります。百貨店は実用的なものを売る場所である一方、アートやデザインを通して文化的な提案や豊かさをデモンストレートする場所を提供してきました。今「便利さ」から「豊かさ」へということが1つのキーワードになっている中、これからも百貨店は豊かさを提案する場であり続けるでしょうし、それを社会から望まれていると思います。
秋田松屋も150周年を迎え、さらにその先を生き抜いていくためにも小売業界において、もっと独自性を高め、さらなる差別化を図ることが重要だと考えています。そのとき松屋のアイデンティティー、強みとなるものは何か。それがデザインだと考えています。松屋では1980~90年代にかけて「生活デザイン百貨店」を標榜してきたように、もう一度「デザインの松屋」として、デザインにクローズアップして追求していきたい。その取り組みに道筋をつけるためにも今回、佐藤卓さんにご協力いただき150周年プロジェクトとして「百貨店、実験中。」というキャンペーンを行っています。
「日本デザインコミッティー」と
松屋銀座の「デザインコレクション」
企業の商品開発からパッケージデザイン、NHK Eテレ「デザインあ」総合指導から各種展示会など活動は多岐にわたる
佐藤新しいことをするとき、人はどうしても身構えてしまいます。しかし、「実験をしていく」という言い方であれば、気持ちは楽になるはず。やってみて、それがよければ続けていけばいいし、難しいようなら改善すればいい。そうやって皆でさまざまな取り組みを実験していくという姿勢が、新しい発想を生んでいく。「実験」という言葉には、そんな思いが込められています。
山口「実験」という言葉は、卓さんの気遣いが感じられますね。商品を売る際、ある機能が付いたものを待ち望んでいる人たちがいることがわかっていれば、どんな価格で売れば、どれくらいの売り上げになるのか予測することはできます。つまり、機能価値は予定調和的に計算できるわけです。しかし、文化的価値、感性価値といったものは、どれくらいの人たちに求められているのか、買ってくれるのか、まったくわかりません。だからといって、売ることをやめてしまえば、それは機会損失につながってしまう。売ってみなければ、新しいものは生まれないんです。
アートやデザインも同じで、予定調和的に生まれたものは皆無です。挑戦し続けなければいけない。そんな時に、「実験」という言葉は、私も今後使いたくなるぐらいにいい(笑)。実験ですから、失敗することもそこには折り込まれていて、必ずしも成功させなくていいわけです。挑戦して失敗するとそれは失敗と見なされますが、実験して失敗した場合、1つの手法がうまくいかないことが判明したということになる。成功へ一歩近づいたことにもなりますよね。
秋田実際、「実験」のプロジェクトを始めてみると、若手従業員からも多くの提案がありました。例えば、銀座店の前の石畳を一枚ずつ掃除しているんですが、最初はお客様からも不思議そうに見られました。しかし、毎日やっていると次第に声をかけていただけるようになる。「あれは何?」と最初は思われるんですが、その後、必ずリアクションがあるんです。関心を持って見ていただけることは従業員にとってもいいモチベーションになっていると思います。
佐藤わからないけれど何か魅力がある、というものに人はひかれます。そのような状態をどうつくるのか。「百貨店、実験中。」という言葉だけでは何をしているのかよくわかりません。しかし、銀座の百貨店で、松屋であることはわかっていますから、「ここで何をやっているの?」と興味は自然と松屋に向かっていく。そこで新たなコミュニケーションが生まれます。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)など著作多数
山口その意味でも、百貨店で働く人たちは、モノの魅力を伝えるキュレーターの感覚がこれから必要になってくると思います。私は母の影響もあり、幼少期から銀座によく連れてこられたんですが、百貨店をブラブラするのはなんて楽しいのだろうと思った記憶があります。それは極論すれば、百貨店がミュージアムであり、しかも“買える”ミュージアムのように見えたからです。博物館には文化的な遺物があって、いくら欲しくても持って帰るわけにはいかない。百貨店はその点、何てステキなんだろうって思うと同時に、お金を出せば買うこともできるということです。今、感性価値が重要になっている中で、博物館のように驚きや魅力をいかに提案できるか。そのときキュレーターのような提案力が必要になってくると思います。
秋田今の百貨店は売れるものは何かを数字で考えすぎてきたために、ほかと同じような商品を売って、同じような売り場ばかりをつくってきました。お客様は何を望んでいらっしゃるのか。「デザインの松屋」と標榜するのも、デザインは気遣いでもあると考えるからです。その意味でも、私たちはもっと心で考えていかなければならないと思っています。
佐藤百貨店は思いがけないものに偶然出合える場所でもあります。今後はそんな意識を、働く人たちが持つことがとても大事になってくると思います。そのためにはつねに自分の固定観念を崩していかなければならない。時代によって価値観が変わっていく中で、新たな価値観を受け入れられる下地を自分でつくることで、自分自身も思いがけない価値に出合うことができる。さまざまな商品を扱う百貨店は、それが実践できる豊かな職場だと思います。
山口「おもてなし」ということを考えたとき、同じ商品を置いているから同じ店なのかといえば、そうではないと思います。例えば、同じ料理でも環境の違うところで食べれば、まったく違った体験になる。つまり、同じ商品でも、この店のほうがステキに見えるということが重要なんです。そのために、どんな売り場をつくるのか。その場の全体の空気や意味づけ、世界観をつくることは非常に重要です。もしかしたら、それは茶道に近いのかもしれません。もてなすほうは技や知識の引き出しをたくさん持っている一方で、主体はあくまで客側にある。そこに行けば、驚きや豊かさ、彩り、潤いがある。そんな空間かもしれません。
秋田まさに私たちがやりたいことをおっしゃってくださるので、とても勇気づけられます。自らの独自性を高め、他店と差別化を図っていくためにも、何を選択して捨象するのか。「デザインの松屋」としての取り組みをこれからも強化していきたい。その意味でも、従来型の百貨店にこだわる必要はないと考えています。私たちの原点はお客様に喜んでもらう、楽しんでもらうことにあります。松屋では、これからもお客様にわくわくしてもらえるよう店づくりを行っていきたいと思っています。