東大を3カ月で
退学した理由
――2020年の教育改革は戦後最大規模のものだといわれています。そこで、改めてこれまでの教育を振り返りたいのですが、日米双方の教育を受けたご経験を踏まえ、日本の教育はどのようなものだったとお考えですか?
モーリー・ロバートソン日米を行き来しながら両国の教育を受け、1981年に東京大学とハーバード大学に現役合格。ハーバード大では電子音楽を専攻し、88年卒業。国際ジャーナリスト、ミュージシャン、DJとして活動。米ニューヨーク出身、1963年生まれ
“ふるいにかける教育”という言葉がぴったりだと思います。試験で点数を取って、ブランド力のある大学を目指す。私が高校生だった80年代は受験戦争真っ盛りで、本質を見失った教育がなされていました。だから、大学に合格するとみんな燃え尽きてしまうんです。東大を3カ月で「やめよう」と決意したのは、同級生がみんな魂を抜かれたような顔をしていたからです。
日本では、大学受験というハードルを越えることで勉強に対するやる気を失ってしまうのと、課せられた試験に対応する受け身の姿勢が形成されるので、マニュアルに沿ってこなすことが得意なソルジャーが次々に生み出されてしまいます。そうやって、臨機応変な対応ができない人材が増えてしまったことが、「失われた20年」を生んだ原因のひとつでしょう。
――教育が経済にも強い影響を与えているわけですね。
日本のこれまでの教育は、いわばコンプレッサー。できない子は放課後残りなさい、という詰め込み型です。平均値の底上げができる代わりに、優秀な子も立ち止まらせてしまいます。
アメリカは逆で、エキスパンダー。ただ、これが万能なわけではありません。天才を生み出しやすいけれども、こぼれ落ちる子もたくさんいます。結果、貧富の格差がとてつもなく大きくなっている。
さらに言えば、アメリカの教育では学力が上がるタイミングが遅い。SAT(大学進学適性試験)の理数系の問題を見ると、基礎的なことが理解できているかを問う確認問題だけで、応用問題がないんですね。大学入学時点での平均的な学力は日本のほうが高くなる仕組みです。
ですから、両方のいいところを組み合わせればちょうどいいんです。それに、イノベーションやクリエイティビティは、ひとつの指標では測れません。本来、子どもたちは多様な才能を持っていますので、マルチな次元の発想でいろいろな方向へ伸ばしてあげるようにするべきでしょう。
プログラミングを学ぶと
試験に左右されないスキルが磨かれる
――そうしたことを踏まえ、2020年からプログラミング教育が必修化されることについての見解をお聞かせください。
プログラミングは論理を組み上げることが求められますから、早い段階から学ぶことで感覚的にいろいろな要素を組み合わせる能力を身につけることが期待できます。見方を変えれば、状況に応じてスキームを柔軟に変えられるわけですから、これまでのように試験に左右されないスキルが磨けるのではないでしょうか。
とはいえ、無数のコードを入力するといったやり方は賛成できません。実は、ハーバード大学在学中に何度かチャレンジしたのですが、じっとコードを見ていることに耐えられなくて挫折した経験があるんです(笑)。オススメしたいのは、記号の羅列で学ぶのではなく、「オブジェクト指向」の概念を取り入れることです。
――データやそれぞれの処理方法をひとつのカタマリととらえ、操作する考え方ですね。
そうです。子ども向けのプログラミング学習で使われている「Scratch(スクラッチ)」というソフトがわかりやすいですね。ひとつひとつの指示がブロックのイラストになっていて、それを適切に組み合わせればゲームが作れます。受験勉強のように詰め込み式で覚えても、私のように途中でやめてしまうので、「面白さ」を感じられるところから入ったほうがいいんじゃないかと思います。
その結果、もっと高度なことがやりたいと思ったら、本格的にプログラミング言語に取り組めばいい。イノベーションやクリエイティビティに欠かせないのは、「何のためにやるのか」という目的意識を強く持つことですから、その意識を育てるために間口は広く空けておくべきでしょう。
プログラミング教育
2020年から小学校でプログラミング教育が必修化される。いくつかの狙いがあるが、ポイントは「プログラミングを学ぶ」のではなく、「プログラミング的思考」を育むことにある。その思考を養うとっかかりとして「Scratch」や「micro:bit」などがある。「micro:bit」は、イギリス生まれの子ども向けプログラミング教材で、実際にイギリスでは、11~12歳の子ども達に配布されている。
パソコンを
遠ざける理由はない
――成長過程の早い段階でパソコンを使うことに抵抗を感じる親もいるようですが。
子どもがゲームばかりして社会性がなくなると考えてしまうんでしょう。でもそれは、心配するポイントがズレています。そういう親には、「『ゲームばかりして』と子どもを怒っているあなたは、本当に子どもにしっかりかかわっていますか?」と聞きたいですね。さまざまな分野でICTの活用が進められている今、パソコンを遠ざける理由は見つかりません。親と子、パソコンがいる風景をしっかりイメージするところからICTはスタートするものだと思いますよ。
もちろん、無制限にゲームをさせるのはよくないことです。だからこそ、逆に早い段階から親子でパソコンを使い、のびのびと楽しく学ぶという習慣づけをするべきではないでしょうか。そうすれば、自立したあとも健全な生活習慣を続けられます。
――「親子でパソコンを使う」とは、具体的にどのような活用法があるでしょうか?
プログラミングしたゲームでお互いが遊ぶというのはどうでしょうか?「ボクが作ったゲームでお父さんが熱中している」なんて楽しいですよね。「次はなかなか攻略されないゲームを作ろう」と親子で競い合えば、プログラミングの技術も向上します。
いきなりプログラミングはハードルが高いのであれば、「筆順ゲーム」もいいと思います。今、手で字を書く機会が少なくなりましたので、「読めるけど書けない」という人が多いんですよ。筆順も漢字も覚えられて、思考の活性化にもつながりますので、家でできるアクティブラーニングとなります。
あと、親子で散歩でもしていて何か見つけたらスマホで撮って、家に帰ってパソコンで調べる、こういう習慣がつくといいですよね。これってすごいジャーナリスティックで、小学校高学年できたら将来有望だと思いますよ。いずれにしても、「+対話」で活用するのがポイントです。
アクティブラーニング
簡単に言えば、能動的に学ぶこと。先生の話すことを一方的に聞くのではなく、自ら進んで調べたり、読んだり、まとめたりすること。スマホできっかけを見つけ、PCでしっかりと調べ、PowerPointで発表などできたら完璧。この一連の学習によって、情報収集能力、情報処理能力、思考力や編集能力、発表するときの表現力や伝達力も磨かれる。
Excelのスキルは
どんな分野でも使い回せる
――スマホやタブレットの普及に伴い、パソコンを使わない大学生が増えています。Microsoft OfficeのExcelやPowerPointといった社会人必須のソフトに触れたことがない若者も多いようです。
Excelはやっておくべきですね。比較的簡単でいろいろな業務で使いますので、汎用性の高いスキルが身につきます。レシートを全部集めて入力すれば、「自己管理ソフト」としても使えます。これは私も実践していますが、自分の経済状況が客観視できるので、浪費しなくなり、社会人として地に足がつくんです。地に足がつくと、クリエイティビティの持続可能性が確実に高まります。
あと、実はアートの方面でもExcelのスキルは活かせます。私はDJをしていますが、頭の中に貯めておける選曲リストはせいぜい数十曲。でも、スピードやムードなどのタグ付けをして入力しておけば、最適な選曲が効率的にできるんです。大量のデータから探したいものを見つけるのは、どんな分野でも必要ですから、使い回しが効きますよ。
――PowerPointについてはいかがでしょうか。
プレゼンテーションの場でこそ効力を発揮するソフトですが、使う人のクリエイティビティが問われます。退屈なプレゼンで使われているものは、見ていてもつまらないですよね。逆に、独創性あふれるものは、プレゼンの内容をさらに魅力的に伝えることができます。私が今までもっとも感動したのは、ある公衆衛生学者によるプレゼンです。環境保護と人権、教育の問題を取り上げたものですが、複雑な統計を動くグラフで効率的に見せていて、統計の話なのに心を揺り動かされました。
――そうしたクリエイティビティを身につけるにはどうしたらいいのでしょうか?
やはり基礎的な部分は重要です。足し算、引き算ができないと数学に取り組めないように、いきなり身につくわけではありません。そうした意味では、論理的に考える習慣がつくプログラミング学習は効果的でしょう。早い段階から親子でいっしょにパソコンを使い、好奇心と想像力を育むことで、クリエイティビティの芽を伸ばすきっかけになるのではないでしょうか。