MOTが日本企業の閉そく感を払うカギ

 高い技術を持ち、優れた品質の製品を生産してきた日本のものづくりが閉そく感に覆われて久しい。早稲田大学ビジネススクールの長沢伸也教授は、「高い技術と品質だけでは製品は売れません。技術を見極めて、売れる製品を作るためのマネジメントのあり方を問うことが必要」とMOTの必要性を語る。東京理科大学大学院の若林秀樹教授も「MOTを浸透させることが日本復活のラストチャンス」と強調する。

 そのMOTにはどんな人材が必要なのか。山口大学大学院の福代和宏教授は「技術を価値に結びつけることができる人材」と定義。「技術の価値がわかるためには、テクノロジーとともに俯瞰力が必要」と話す。しかも「新しい技術が社会の中で持つ意味や役割、どのように社会に受容されていくのか、といったプロセスが重要」と東京工業大学の藤村修三教授は指摘する。MOT専門職大学院は、そこに体系的な教育プログラムを提供する。

 MOTプログラムは1980年代の米国で始まった。当時、半導体、バイオなどサイエンス型産業が台頭し、製品化過程などに未知の現象が起きて、企画通りの機能にならない製品実現リスクが意識されるようになった。その結果、市場戦略論中心だった経営学に技術的要素が不可欠となり、大学の教育プログラムの中にMOTコースが誕生する。その後も、たとえば環境問題やバイオ領域、ITのセキュリティ問題への懸念など、社会受容性リスクも顕在化。経営におけるMOTは重要性を増し「米国ではMOTは、MBAの学びのスタンダードになる流れがある」(藤村教授)と言う。

 日本では、2003年にMOT専門職大学院が設置された。「米国の単純なコピーではなく、多様なものづくり系中小企業が集積する日本の風土に合ったMOTを推進すべき」(若林教授)と、日本社会のニーズを踏まえたMOT教育を進めてきた。

 一方、MOTが広範な領域にまたがることもあり、日本でのMOT教育の狙いや取り組みを、より広く社会に十分に浸透させていく取り組みが欠かせないことも事実。そこで、技術経営系専門職大学院協議会(MOT協議会)は、共通の教育内容を社会に発信し、MOT教育の質を向上させるために「コアカリキュラム」を策定。2016年度改定版では、学生が習得すべき内容として、技術と社会、企業戦略、企業倫理、マーケティング、会計・財務などの基礎学習項目、イノベーション・マネジメントや知的財産マネジメントなどの中核学習大項目をミニマム・リクワイヤメントとし、各校独自の教育内容を加えながら、創造領域として、プロジェクト研究などを通じて知識・スキルを複合的に活用して課題解決につなげる能力を養うとした。「学習項目はMOTの共通言語。それをどう料理するかは各校でバラエティがあります」と、コアカリキュラム改定委員長の福代教授は説明する。

多様な企業課題に応じた多彩なMOTコース

 業種や規模、スタートアップ企業と伝統企業などによって異なる課題に、1~2年間のMOTコースが網羅的に取り組むことは難しく、各校で注力ポイントは異なり多様化のトレンドが加速している。

 山口県や近隣県の社会人学生が多い山口大は、地域の中堅中小企業の課題にフォーカス。中小企業の課題に着目する日本工業大は、技術を持つ中小企業が、大企業の下請けにとどまらず、独自に事業展開を進める動きをとらえ「中小企業の企業活動の幅を広げてもらう」(清水弘教授)技術経営を探る。早稲田大は「売れる製品は経験と勘と度胸だけではできない」(長沢教授)と、MOTとMBAを統合し、技術をモノにする経営を目指す。

 東京工業大は、まず自社のビジネス状況から理解することを提唱。社会・政治といった外部との関係によって、どのような経営上の事象・課題が発生するのか、そのメカニズムを理論モデルにするやり方を身に付け、技術を構造化して、技術の使い方を知る力を養う。東京理科大は、イノベーションを起こす「巧みに設計された場」を提供。多様なバックグラウンドを持つ学生と教員を集め、経営戦略を立案して議論するなど、実践的教育を行う。「多様性のある場の設定は大学ならでは。修了後のネットワークが残るのも魅力」(若林教授)とアピールする。

経験豊富な社会人学生にこそMOTコースを

 MOT修了生に対する企業のニーズは高く、社会人学生では経営層への昇進、転職の成功などの例も多く見られるという。MOTコースの教員らは「ノウハウ、知識としか見られていなかった技術を、経験と結びつけて考えるには、実際に経験を積んだ社会人に向いている」(藤村教授)、「人生100年時代に働き続けるための選択肢であるシニア起業にも、学び直しは大切」(若林教授)、「できれば経営者自身、それが難しければ中枢を担う社員にこそMOTを学んでほしい」(長沢教授)と、40、50代のベテランも含めた社会人学生の入学を促す。日本、そして自分自身の閉そく感を打ち破るためにも、MOTコースへの入学は検討する価値があるのではないだろうか。

MOT協議会