ロボット治療機器「HAL®」を開発
大学発のベンチャーも設立
福島 敦子氏
ふくしまあつこ/ジャーナリスト
津田塾大学卒。NHK、TBSで報道番組のキャスターを担当。テレビ東京の経済番組や日本経済新聞、経済誌などで、これまでに700人を超える経営者を取材。経済・経営をはじめ、ダイバーシティ・女性の活躍、環境、コミュニケーション、農業・食などをテーマにした講演やフォーラムでも活躍。著書に『ききわけの悪い経営者が成功する』(毎日新聞社)等。
福島 山海さんが開発された「HAL(ハル)®」は世界初のロボット治療機器として、欧州全域で認証されるとともに、日本で薬事の承認を得ています。まず、ロボットで病気を治すというのは、どのような原理になっているのでしょうか。
山海 人が身体を動かすとき、脳から神経を通して必要な信号を、その動作に必要な筋肉へ送り出します。ところが、脳・神経・筋系に異常が生じると体を動かせなくなってしまいます。そこで、「HAL(Hybrid Assistive Limbs)®」は皮膚に貼った超高感度センサーから微弱な信号を読み取ることで、装着者がどのような動作をしたいのかを認識して意思に従った動作をアシストします。
特徴的なのは、たとえばHAL®が下半身に障害を持つ人の動作をアシストしたとき、「歩けた」という感覚のフィードバックが脳へ送られ、その繰り返しによって脳・神経・筋系のつながりが強化・調整され、身体機能の回復が期待できることです。脳卒中を起こし、自立歩行が困難になった方がHAL®を使った治療によって、ジョギングができるようになった例もあります。
福島 きわめて画期的な技術ですが、どのような発想から生まれたのでしょうか。また、山海さんは2004年、自ら筑波大学発のベンチャー企業であるCYBERDYNE(サイバーダイン)を設立されました。その狙いはどこにあったのでしょうか。
山海 私は子どものころ、アイザック・アシモフの『われはロボット』という本を読み、大きくなったらロボットをつくる科学者になりたいと考えていました。同書では「人間とは何か」「生命とは何か」がテーマに掲げられています。私も人間を中心に見据えたテクノロジーに取り組みたいと考えてきましたが、大学に入るとどうしても狭い分野で研究をしなければならなくなります。
HAL®のようなロボット治療機器をつくるには、ロボット工学だけでなく、人間の病気や身体機能・生理機能など多様な領域とセットで考える必要があります。そこで、脳神経科学から行動科学、IT、ロボット工学、生理学、心理学、感性学、哲学、倫理、法学、経営などにまたがる「サイバニクス」という新しい分野横断的な学術領域をつくりました。
サイバーダインを設立した大きな目的は、やはりサイバニクス領域での人材育成です。大学がもつ一番の使命は人材の輩出ですが、社会が急速に変化している一方で、大学はその速さに対応しきれていない現状があります。それならば、いっそ外に「私塾」のようなものをつくろうと思ったのがきっかけです。現在、大学との共同研究も積極的に行っていますし、大学を卒業した博士でサイバーダインに就職している者もいます。
欧州で医療機器の認証を取得
ドイツでは公的な労災保険にも適用
山海 嘉之氏
さんかいよしゆき/筑波大学大学院システム情報工学研究科教授、サイバニクス研究センター研究統括。 CYBERDYNE代表取締役社長・CEO。内閣府ImPACT プログラムマネージャー
岡山県出身。筑波大学大学院工学研究科博士課程修了。2004年に筑波大学発ベンチャー「CYBERDYNE」を設立。医療等に利用されるサイボーグ型ロボット「HAL®」を開発し、世界中に広めた功績で知られる。Innovative Equity Deal of the Year(トムソン・ロイター)、日本ベンチャー大賞 内閣総理大臣賞他、受賞歴多数。
福島 医療用のHAL®は、2013年、欧州における医療機器の認証である「CEマーキング」を取得しました。手続きなどで苦労はなかったのでしょうか。
山海 もちろん大変でした。特許の申請であれば薄い書類を書けばおしまいです。しかし、医療機器として認められるには天井に届くくらいの書類を出さなければなりません。部品から臨床データまであらゆるデータをすべて提出するのです。つまりこのデータがあればHAL®と同じものをつくることができるのです。
HAL®は、第三者認証機関であるドイツのテュフラインランドの認証を受けました。同機関には、HAL®のような革新的な製品やサービスの情報が世界中から集まっています。ドイツの認証機関に認められることで、HAL®に対する国際的な信頼性が高まり、欧州連合(EU)や米国などに広げる試みも容易になりました。外国語で申請を行うのはかなり大変でしたが、よい経験になったと感じています。
福島 HAL®は、欧州全域で医療機器になり、ドイツでは公的な労災保険にも適用されているそうですね。ドイツでは、公的労災保険機関であるBG RCIを事業パートナーとして新会社も設立されています。
山海 海外など新たな市場を開拓するにあたって、現地の企業と組み、販売代理契約を結ぶという方法もあります。販路が確保できるというメリットはありますが、一方で、その企業の製品以外は競合になってしまいます。部分最適の経済合理性の観点では、他社よりも少しでもシェアを取り収益を得ることが大切です。
ただし、ここで見失ってはいけないのは、私たちが何のために事業を行っているのかということです。私たちの目標は、これまで有効な治療法がないとされていた、脊髄損傷や脳卒中などの患者さんの機能改善治療に役立つことです。公的労災保険機関とのパートナーシップは、全体最適の観点で、そのような社会課題の解決につながります。科学技術は、人や社会に役立ってこそ意味があるのです。
市場ができる前にルールづくりに
参加することに大きな意義
福島 HAL®には医療用だけでなく福祉用もあります。「ロボットスーツHAL福祉用」は、生活支援ロボットの国際安全規格であるISO13482の認証を原案の段階から世界で初めて受けていますね。山海さんは、国際標準化機構(ISO)のメディカルロボットとパーソナルケアロボットの国際標準規格を策定するエキスパートメンバーとして、国際ルールづくりにも携わられましたが、日本企業が標準化や国際規格づくりに参加する意義はどのような点でしょうか。
山海 大切なのは、市場ができる前にルールづくりに参加することです。欧米の企業が中心になってつくったルールに合わせても、日本から出て行ったときにはもう遅いのです。市場はすでに押さえられています。さらに、せっかくルールに合わせたのに、出ていくころにはルールが変わってしまうことも珍しくありません。
一方で、HAL®のような革新的な製品には、まずは世界ルールがありません。最初にオブザーバーとしてISOの委員会に呼ばれましたが、そこで説明して終わりにせず、意見を言ったり課題を指摘したりしているうちに、エキスパートメンバーになってほしいと依頼されました。
福島 日本企業はどちらかといえば、欧米などでルールがつくられるのを待ってから行動するような姿勢が多いように思います。日本企業が、ISOのエキスパートメンバーとして、国際ルールをつくる側に入るというのは画期的なことですね。他の日本企業にも関心を持ち、チャンスを生かしてほしいと思います。
山海 企業だけでなく、国も国際標準化づくりに力を入れています。2017年10月には、重労働の負担軽減を目的とする腰補助用装着型身体アシストロボットについて日本工業規格(JIS B 8456-1ほか)が制定されました。世界的に類似した機器はないため、JISを基に日本が国際標準化を主導することも可能です。また、国家戦略特区の設置のほか、各省庁でも標準化戦略の一環としてさまざまな取り組みを推進しています。企業がこれらの制度や産官学のネットワークを活用するのも一つの方法でしょう。
じっとしていても未来はやってきます。世界がますます小さくなり、自分たちのやることがすぐ世界に影響を及ぼすようになっています。これからグローバルに打って出ようとする企業にも、ぜひ新しい領域でチャンレジをし、世界で競争力を発揮してほしいと願っています。
公益財団法人日本適合性認定協会(JAB)は、製品・サービスの品質や企業の取り組みなどについて、国際規格による認証を行う認証機関や試験所を認定している総合認定機関。認証や試験結果が社会・消費者から信頼を得られるよう、JABでは国際規格を用いて、認証機関・試験所の能力について公平・公正に審査し、認定している。
25周年記念フォーラム開催のお知らせ
「標準化と第三者評価制度の活用」というテーマで、
フォーラムを開催します。ご参加をお待ちしております。
日 時 2018年3月9日(金)10:00〜16:30(予定)
場 所 イイノホール 東京都千代田区内幸町
問合せ フォーラム事務局(東洋経済新報社内)03-3246-5599