
NECがシンガポールで注力する
「未来のリーダー人材」の育成
近年、ASEAN地域では経済成長が進み、「新中間層」と呼ばれる人々が急増している。
そして、彼らへのアクセスのための重要拠点として多くの企業に選ばれる国がシンガポールだ。
古くから同国に拠点を置くNECの森田隆之氏とシンガポール経済開発庁のキレン・クマー氏に聞いた。
ASEANで始まる「新中間層」の奪い合い

NEC
取締役 執行役員常務
兼 チーフグローバルオフィサー森田 隆之
「今後、ビジネスや生活のあらゆるものがテクノロジーと結び付きます。その変化が社会に与えるインパクトの大きさは革命的です。しかも、その変化は少しずつではなく、急激に進むことが予想されます」
NECの取締役執行役員常務兼CGO(チーフグローバルオフィサー)、森田隆之氏は語る。
「ネットワークについても、2020年には次世代無線通信規格5Gが本格的に展開される見通しです。莫大なデータを瞬時にやりとりできるようになり、まさにあらゆるモノがネットにつながる境界のない世界になります。また、安全・安心の分野を含め、AIが生活の中で身近に使われる時代がすぐそこまで近づいています」
森田氏の話に興味深い面持ちでうなずくのは、シンガポール経済開発庁 副次官のキレン・クマー氏。
「シンガポールではこの4年間に5万人ほどのデジタル関係の新しい雇用が生まれています。5Gの時代になれば、必要とされる技術も高まります。そのためにわれわれは大学や高等技術専門学校などで、次の時代に使えるスキルやテクノロジーを持った人材を生み出そうとしていますが、それだけでは時代の進化に追いつけません。産業界との戦略的なパートナーシップを活かし、新しい時代のスキルを持った人材育成を目指しています」

かつての1シンガポールドルには、NECが納入した衛星地上局が描かれていた
シンガポールにおけるNECの主な事業展開
1970年 | 衛星地上局を受注、シンガポール事業を開始 |
1977年 | NEC Computer Singaporeを設立 |
1991年 | シンガポール―ブルネイ間の光海底ケーブルを受注 |
2007年 | 電子パスポート向け指紋認証システムを納入 |
2010年 | NEC Asia Pacificに社名変更 |
2013年 | NECラボラトリーズシンガポールを設立 |
2016年 | サイバー攻撃の対策拠点を開設 |
1970年にNECがシンガポールの衛星地上局を受注して以来、両者は関係を深めてきた。この数十年間で、NECは、通信インフラ、コンピュータ、セーフティ事業などの幅広い分野でシンガポールに貢献し、また企業として成長している。
両者をつなぐカギの一つは、近年著しいアジア各国の経済成長と、それに伴う生活の質の向上にある。「予測によれば2030年までに30億人が新しく中間層となり、2020年までにはそのうち4億人がシンガポールから飛行機で6時間以内の東南アジアに住むと見られています」とクマー氏は話す。
数十億人の可処分所得が増えれば、社会インフラとなるICTはもちろんのこと、金融、流通サービス、医療、ヘルスケアなどさまざまな産業にとって、ASEAN地域は巨大な成長のチャンスになる。数十億人がスマートフォンを初めて購入し、インターネットにアクセスすると想像すれば、そのインパクトの大きさがわかるだろう。この未開拓の市場を制するため、世界の大企業が続々とシンガポールに地域統括本部を設置している。
NECも地域統括会社を世界5極に置いているが、中でもシンガポールは、同社が注力するアジア太平洋地域14カ国を統括する重要拠点だ。「今後も、セキュリティ事業などで実績のあるシンガポールのビジネスをショーケースにして、周辺の他地域にも展開し、当社の事業を成長させていく」(森田氏)という計画だ。
セットでこそ機能するイノベーションと人材育成

シンガポール経済開発庁
副次官キレン・クマー
NECがシンガポールを重要視する理由は他にもある。それは、優れた人材が多いことだ。
アジア太平洋地域におけるICT分野の急成長とともに世界中でデジタル人材の需要が高まり、今や有力なグローバル企業間で人材の争奪戦が繰り広げられている。そんな中、シンガポール国内の人材にも注目が集まっている。
これは戦略的な人材育成の成果とも言える。地方大学7校と高等技術専門学校5校をベースに、サイバーセキュリティ、データサイエンス、ソフトウエア、ネットワークという分野において、将来にわたり通用するスキルを持った人材を育成することで、デジタル人材を求める企業のニーズに応えているのだ。それだけでなく、シンガポールではすでにキャリアを積み始めた社会人にも、さらなるスキル、知識、経験を深めることが奨励されており、「SkillsFuture」という政策では、幅広いICTプログラムとトレーニングを受けることも可能だ。そして、公用語の一つが英語であることも有利に作用する。「シンガポールの人口は約560万人ですが、うち約160万人が外国人です。グローバルで多様な人材がいます」(クマー氏)。また、特筆すべきは、グローバル企業の力を借りることで、人材の質をより高めようとしている点だ。
「イノベーションは待っていても起きませんし、優秀な人材も『場』を提供しなければ最大限の能力を発揮できません。イノベーションと人材育成は、2つがそろって初めて機能するということです。その理想的な例がNECです。NECは新しいイノベーションを繰り返しながら、つねに時代の先端を走っています。われわれは世界をリードする会社とパートナーになることで、国全体がスキルアップできる環境づくりを目指しています」(クマー氏)
その成果の一つが、「タレント・ディベロップメント・プログラム(TDP)」だ。同プログラムは、シンガポールの潜在能力の高い新卒生26名をNECが雇用し、2年間をかけて育成するものだ。NECのシンガポール拠点の6つのビジネスユニットをローテーションし、さまざまなビジネスを経験するほか、3カ月の海外研修も用意されている。シンガポールの学生の同プログラムに対する関心はとても高いという。
森田氏は「当社が持続的な成長を続けていくためには、才能ある人材を豊富にプールしておく必要があります。デジタルに精通した人材であることはもとより、将来の当社やICT業界を担うリーダーをシンガポールと手を組んで育成したいと考えています」と語る。
クマー氏は「世界で勝ち抜くためにも、サイバーセキュリティやAIなどのテクノロジーは必須です。われわれは、日本企業が必要とする新卒、中途を含む採用から育成までを支援しています。その人材とともに、NECをはじめ、日本のトップレベルの企業がイノベーションを生み出せる場として、シンガポールの存在感を高めていきたいと考えています」と力を込める。
これからも、NECとシンガポールは手を取り合い、さらなる成長を目指していく。