「ポール・スミス」はいわずと知れたロンドン発のトータルファッションブランドである。“Classic with a twist(ひねりのあるクラシック)”という概念をベースに、英国の伝統的なスタイルに、遊び心のあるディテールを効かせたスタイルは、時代の空気を的確にとらえ、常に高い支持を得ている。
それはデザイナー、ポール・スミス氏の幅広い関心と造詣によって導き出されており、そのデザイン分野は工業製品にまで及ぶ。1998年にロ-バ-社(当時)のミニの内外装のデザインを手がけた「ポール・スミス ミニ」などはその代表例。強いインパクトを残している。
そんな「ポール・スミス」が時計の分野に進出するのは当然のことであり、1995年のファーストモデル以降、数多くのモデルを世に送り出している。

時計ジャーナリスト
福留 亮司


価格●シルバー¥64,000、ゴールド¥69,000(ともにポール・スミス リミテッド03-3478-5600)※税抜価格
SPEC●5気圧防水、球面クリスタルガラス、カーフレザー、ケース径40mm、8ビート 機械式ムーブメント
そして、2016年。今年の一押しは、ロンドンの金融街、シティ・オブ・ロンドンで働くビジネスパーソンをイメージして製作されたThe Cityシリーズからスペシャルな1本、「The City Classic」である。
この「The City Classic」は、このところクォーツムーブメント搭載モデルが主流だったポール・スミス ウォッチにとって久々の機械式ムーブメント搭載の腕時計。その名が示すように、ダイヤルデザインもクラシカルだ。1960年代中期のドレスウォッチからインスピレーションを受けたものだという。モダンなデザインが溢れる今日だからこそ、一度クラシカルな方向へ立ち返ろうということなのだろう。
それはポール・スミス氏にとっても思い入れのあることのようだ。その証拠に、ムーブメントのブリッジには美しいコート・ド・ジュネーブ装飾が施され、それが見えるようにケースバックはシースルーに。そして、そのケースバックには、ポール・スミス氏自らハンドドローイングで太陽を描いている。ディテールにこだわった意匠、そして、自ら筆をとるほど氏の情熱が込められているのだ。

搭載されているムーブメントは8振動/秒のオートマティック、Cal.9011。機械式時計はゼンマイの力を動力にしてテンプ(コマのような形をした部品)が1秒間に、3、4回の規則正しい往復回転運動をし、そのテンプに取り付けられたヒゲゼンマイがアンクル、がんぎ車へとその運動エネルギーを伝えすることで時を刻んでいる。このムーブメントの精度は日差-10秒~+20秒。安定した精度である。
もちろん、精度という点においてはクォーツに比べて劣るが、巻き上がるゼンマイの振動、時を刻む音など、自然の力を利用した動力は、水晶振動子を動かすために交流電圧を必要とするクォーツ式では味わえない愉しさを持っている。
また、メインテナンスさえしっかりしていれば、長い年月に渡って使い続けられるという特長もある。それには、いつの時代でも色褪せない普遍性のある造形が不可欠だが、そのあたりも「The City Classic」なら問題なさそうである。やはり、古い建築物を修復しながら何百年と住み続けている英国という地から生まれた「ポール・スミス」には、機械式ムーブメントがよく似合うのである。

ただ、このThe Cityシリーズは先にも述べたように、シティ・オブ・ロンドンで働くビジネスパーソン向けに製作された腕時計。つまりスーツスタイルにフィットしなければならない。
デザインについては申し分なく、むしろ品格をあげる効果もあるほどなのだが、気になるのがケースの厚みである。これまで通りのクォーツムーブメントは薄く作れるし、機械式でも手巻きムーブメントを搭載していれば薄く作ることは容易である。自動巻きに関してはその構造上薄く作るのは難しいので、その点だけは懸念されたのだが、この「The City Classic」においてはケース厚が10mmほどに抑えられているので、まったく問題はない。むしろ薄いと感じるほどだ。この厚さは、いわゆる標準的な腕時計よりも間違いなく薄いのである。
もちろん、この薄さなのでスーツスタイルにおいて袖口に引っかかるということもない。自慢の腕時計であっても袖口に腕時計が入りきらず飛び出している、というのはいただけない。腕時計は、必要なとき以外はスーツの袖口にスッと収まっているというのが本来の姿。ジェントルマンの嗜みである。
クラシカルなデザインに機械式ムーブメントの鼓動が融合した「The City Classic」。良いものを大切に使い続ける英国人気質が詰まった、上質な腕時計である。
