
「ロボットデザイナー・松井龍哉」の名は、その作品とともに広く認知されている。たとえ、松井の名を知らなかったとしても、宇多田ヒカルの「Can You Keep A Secret?」のプロモーションビデオに登場するピノキオをモチーフに開発されたロボット「PINO」や、人が近づくと動いてポーズを決めるマネキン型ロボット「Palette」などを見れば、誰もが簡単にそれとわかることだろう。航空会社スターフライヤーのトータルデザインを担当し、話題になったこともあるから、今回のインタビューは、時計について聞くとしてもデザインベースに話が進むものだと思い込んでいた。
だが松井氏は、「当社はメーカーとしてロボットを自社開発して販売してきました。研究対象用のロボットではなく、新しい産業を作るところから取り組んでいるのです。そもそもロボットはマーケットがないので、しっかりと市場調査をして、『こういうことができると僕らの生活が快適になる』と近い将来の予測をしながら、研究開発をコツコツやって量産、販売をします」とロボットを産業としてどう発展させていくか、について話し始めた。ロボットをつくる開発者であるのはもちろん、フラワー・ロボティクス社の代表取締役社長という起業家でもある松井氏にとっては、当然のことなのだろう。
こうした点では、すでに数百年の歴史がある時計の世界とロボットの世界は大きく違って見える。しかも、機械式時計の機構自体は100年ほど前にすべて出尽くしていると言っても過言ではない。いろんな意味において、時計は、ロボットとは対極にあると思えた。だが、松井氏は「ぼくらの技術と、時計の技術とでは一見違うように見えますが、どんなものにも技術のロジックがあります。『その技術をどのように達成したのか』というロジックを読み解くのが楽しいんです」と語る。
「特に機械式時計は、同じ技術を達成するにも、それぞれ方法が全く異なりますよね。一つひとつにロマンというか宇宙があって、そこに時計技師のセンスや世界観が見えるのが面白いんです。さらに、どこに良さをおいて設計するかなど、メーカーごとのロジックもありますよね。いまやイノベーションは、一人の天才がいれば起きるなんてものじゃなく、技術、製品、ブランドなど、すべてをミックスして経営者がどんなストーリーをつくりあげるのかにかかっている。時計は“時を知る”というのが基本的な機能。それを作ることは“時を知る”ための技術思考プロセスの探求です。そこは完全に超えた世界ですよ。終わりがない世界。いまだ人類にとって未知の部分が多い数学などと同じで、まだまだこれからも数学が進化するように、時計という機械の作り方にも、永遠に終らない進化があると思います」