発達障害は不登校のハイリスク

発達障害とは、発達の特性があり、それによって生活上の支障が出ている状態です。発達障害には「自閉スペクトラム症」「注意欠如多動症」「学習障害」などの種類があります。

その特性には重複や強弱があり、特性があっても生活上の支障とならない場合もあります。必ずしも障害が生じるとは限らないのです。発達特性が周囲の人によく理解され、適切に受け止められる環境になっていれば、特性は不登校の要因にはなりません。

発達障害と不登校を理解するための視点として、最初にお伝えしておくと、発達障害は不登校の直接の原因、唯一の原因ではありません。発達障害だから不登校になる、ということではないのです。ただし、発達障害は不登校のハイリスクにはなります。

発達障害の子は、発達特性がよく理解されていない環境では、苦労や失敗を経験しやすくなり、そこに参加しづらくなっていくことがあります。学校がそのような環境である場合には、子どもが不登校になる可能性が高まります。つまり、学校環境の条件次第では、不登校のリスクが高くなるということです。

「発達障害が不登校のリスクになる」という話をすると、「発達障害の子は不登校になりやすいのか」「不登校の子には、発達障害の子が多いのか」といった質問を受けることがありますが、これらの問いに正確に答えるのは難しいです。

私は病院の児童精神科で、不登校の相談を受けています。病院に来られるお子さんは発達障害を疑われている場合が多く、結果として、不登校のお子さんに発達障害の診断をすることはよくあります。ただ、それは児童精神科での話です。病院に来ないお子さんも含めて調査をしたわけではないので、不登校の子に発達障害の子が多いかどうかは、明らかではありません。この問いに答えるためには、統計をとる必要があるでしょう。

特性への理解を得て環境を調整することが重要

子どもの発達の仕方は、一人ひとり違います。本当は、それぞれに合った教育が必要なのですが、日本の義務教育では基本的に、一斉・一律の集団指導が前提とされています。また、学習指導要領という形で、何年生には何を教えるということが示されています。教育の方法や内容が、基本的に決まっているのです。

本田 秀夫(ほんだ・ひでお)
信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授、信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部部長
1988年東京大学医学部卒。医学博士。専門は発達精神医学。91年から横浜市総合リハビリテーションセンター。2009年4月から10年8月まで横浜市西部地域療育センター長を兼務。11年4月、山梨県立こころの発達総合支援センター開設に伴い、同所長に就任。14年4月より信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部部長、18年4月より現職。日本自閉スペクトラム学会理事長。日本児童青年精神医学会理事。日本精神科診断学会理事。日本発達障害学会評議員。日本自閉症協会理事。日本授業UD学会理事。『学校の中の発達障害』(SBクリエイティブ)など、著書多数
(写真:本人提供)

しかもそれは、平均的な子どもに合わせてつくられたカリキュラムです。その方法や内容がなじまない子もいます。

勉強が苦手で授業についていけない子もいれば、授業の内容が簡単すぎてつまらなく感じる子もいます。勉強以外の面で、学校生活のルールなどになじめない子もいます。子どもが授業になじめない、学校になじめないと感じたとき、もしも学校やクラス、先生を柔軟に選ぶことができるのなら、その子は学校生活に参加しやすくなるでしょう。

しかし現在の教育制度では、子ども本人にそのような選択肢は与えられていません。特に義務教育の段階で、公立の学校に通っている場合には、子どもが自分で学習環境を選ぶことはほとんどできないでしょう。

学校になじめないときに子どもができることは、親や先生と相談して、対策を一緒に考えていくことです。相談を通じて子どもの感じている困難がまわりの人に理解され、なんらかの支援や配慮が得られるようになればいいのですが、話がうまく進まない場合もあります。相談しても状況が改善しなければ、転校を検討するという方法もあるにはあるのですが、新しい学校に行ってもその学校にもなじめない可能性があります。

子どもが学校になじめないと感じたときの選択肢は、基本的には、学校と相談するか、我慢して登校するか、休むしかないわけです。学校との相談がうまくいかなければ、残る選択肢は2つです。さらに言えば、子どもが親や先生から「頑張ろう」と励まされて、休むという選択肢がなくなっていく場合もあります。そうなると、学校がどんなにつらい場所であろうとも、我慢して通い続けるしかないということになります。

発達障害は、理解のない環境では不登校のハイリスクとなります。発達特性によって起こる困難を軽減するためには、特性への理解を得て環境を調整することがもっとも重要です。しかし現在の教育制度では、その調整の仕方が限られていて、子どもが我慢するしかないという事態が起こり得るわけです。

もしも学校との相談がうまく進まず、環境調整ができない状況になってしまったら、無理に登校してメンタルヘルスを損なうよりは、不登校を選んだほうがいいという考え方になります。しかしそれは、ベストな判断ではありません。本来であれば、大人が子どもの発達特性を理解し、環境を調整して、その子の学習機会を保障するべきです。

それがどうしてもかなわないときに、現実的な選択肢のなかから一番マシな方法として、不登校を選ぶしかないという状況になるのです。

ただ、私は、発達障害の子の不登校は、対応次第で予防できるものだと考えています。そしてその対応というのは、けっして難しいことではありません。環境を調整することです。学校やクラス、先生を選ぶことはできなくても、環境を調整して、子どもたちが苦労しにくい学校にしていくことはできます。

子どもが「学校に行きたくない」と言っているときには、その子が学校を楽しいと思えない要因がどこかにあるはずです。親と先生は子どもの話を聞きながら、さまざまな要因を考えていきましょう。そして、その子が「こういう学校だったら行きたい」と思えるような環境を整えていきましょう。子どもと大人でよく相談をして、環境調整に取り組んでいくことが、発達障害の子の不登校を防ぐための最善の方法です。

抑うつや不安などの二次障害が生じることも

例えば、子どもにLDや知的障害があって教科学習の進み方が平均よりもゆっくりな場合には、その子に合った課題を設定する必要があります。教科学習以外でも、考え方は同じです。

対人関係の調整が苦手な子は、友だちづき合いなどが平均的な子に比べて進みにくいこともあります。その子に合った対人関係の築き方を、ゆっくり身につけていったほうがいい場合もあるわけです。

発達障害の子に何かを教えるときには、そのような「育ち方の違い」を理解することが大切なのですが、大人がそこに気づかず、平均的な発達を基準にして子どもに課題を与えてしまうことがあります。

(イラスト:フクチマミ)

そうすると、その子にとってはゆっくり進んでいくのが適度な成長のペースだった場合には、それよりも早いペースで頑張らせてしまって、子どもに過度の負担をかけることになります。

では、ゆっくりペースの子を平均的なペースで頑張らせているとどうなるかというと、基本的には無理は続かないので、どこかの段階で力尽きて、退却することになります。

(イラスト:フクチマミ)

①最初のうちは、平均的なペースについていける場合もあります。しかしそれは子どもが人一倍頑張っているだけで、そんなことは長続きしません。②結局ついていけなくなって、ペースが落ちてきます。結果として、ゆっくりペースに落ち着いてきたりするのです。③また、過去に焦ってやっていた活動のなかには、十分に身についていないこともあったりします。その場合には、ゆっくり学び直す必要があります。

②のような状態になったとき、大人には、子どもの成長のレベルやスピードが落ちたように見えるかもしれません。また、本人も、それまでのペースが維持できなくなったことを失敗だと感じる可能性があります。しかし、それは失敗や挫折というよりは、その子にとって適度なペースに落ち着いてきた状態なのかもしれません。

一方、ゆっくりペースの子が最初から適度なペースで育っていった場合にどうなるかというと、平均的な子どもたちとの差は開きますが、大きな失敗・挫折を経験しない形で成長していけます。

①子どもは、自分に合ったペースであれば、さまざまな活動に落ち着いて取り組むことができます。内容を理解し、興味を持ちながら、ゆっくりやっていけます。②目標も達成しやすくなります。「できた!」という達成感を持てる場面が多くなり、自信も育ちやすくなるのです。③自分に合ったペースで育っている子は、ゆっくりとではありますが、少しずつ着実に成
長していきます。失敗や挫折を経験することは、多くありません。

健康的な自己肯定感は、子どもの達成したことが親や先生の期待を上回ったときにしか育ちませんが、その子に合ったペースを歩ませる話も自己肯定感につながります。子どもの育ち方を理解し、その子が適度なペースで成長するようにサポートすることが、本当の意味で自己肯定感を育てることになるのです。

無理をして頑張りすぎた子には、抑うつや不安などの精神症状が出ることがあります。発達障害の子にはもともと特性があって苦手なこともあるわけですが、それに加えて、二次的に精神症状が生じることがあるのです。

最終的には自分に合ったペースに落ち着いてきたとしても、感情が不安定になっていて、学習に落ち着いて取り組めない場合があります。その場合には、二次障害への治療を検討することになります。

成長のペースを上げて、山を高く登ろうとすれば、子どもはその分、多くのエネルギーを使うことになります。そのペースが子どもの本来のペースから離れれば離れるほど、子どもに負担がかかります。子どもはいずれついていけなくなり、ペースを落とすようになっていきますが、それまでに無理をすればするほど、二次障害の症状も重くなるのです。

頑張らせてうまくいかなかった段階から支援や配慮を検討しようとしても、問題が悪化していて、対応が難しい場合もあります。例えば、担任の先生や同級生とのトラブルがこじれてしまって、子どもがその相手の姿を見ただけでも体調を崩すようになることもあります。また、子どもが親や先生のことを信用できなくなっていて、支援や配慮を拒むという場合もあります。

そういうケースもあるので、不登校の対応では予防を目指すのが基本となります。子どもがその子に合ったペースでやっていけるように、早めに環境を整えるのが理想です。

発達障害の子が社会参加するために必要なのは…

発達障害の子が不登校になるときには本人の努力だけではどうしようもない問題もありますが、環境的な要因があることがわかっても、「本当にこのまま休んでいて大丈夫なのか」「やっぱり登校したほうがいいのでは」と考える人もいます。

そういう人は「ここで休んだら、中学(高校)にも行けなくなりそう」「学校に行けないようでは、この先、社会の荒波に耐えられない」と考えて、子どもが環境的な要因を乗り越えられるように、背中を押そうとすることがあります。

発達障害の子が通常学級で一定の配慮を受けながら、授業にしっかり参加できていることもあります。進学して就職し、家庭を持つ人も、もちろんいます。しかしその一方で、発達障害の子は、たとえIQが高くて勉強ができるとしても、どこかの段階で生活がうまくいかなくなり、福祉の対象となる可能性があるのです。そのことは、けっして軽視できるものではありません。

福祉の対象となる可能性とは、発達障害の子は成長できないとか、発達障害があったら学校には適応できないとか、そんな話ではありません。そうではなくて、発達障害があるということは、長い人生のどこかの時点で支援が必要になる可能性が一定の割合で存在するということです。

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発達障害と考えられるところもあるけれど、はっきりと診断がつかないというような状態を「発達障害グレーゾーン」と呼ぶ人がいます。これは医学的な考え方ではなく、明確な定義もありません。一種のスラング(俗語)のようなものです。

私は、「グレーゾーン」という言葉を使うことには、多くのリスクがあると考えています。もっとも大きなリスクは、特性が目立たない、あるいは問題が少ない状態を「グレーゾーン」と呼ぶことによって、支援を受ける機会を逃してしまう可能性があることです。

いまは環境との相性がよくて、問題があまり起きていないものの、何かの拍子に支援が必要な状態になる可能性がある。「グレーゾーン」とは、そういう状態だと思うのです。

発達障害や「グレーゾーン」の子が登校しぶりをしているときに、大人が「そんなこと言わないで、もう少し頑張ろう」と言い聞かせていたら、おそらくその子は、自分には合わない環境で苦手なことを強要され、萎縮して、自信がなくなっていくでしょう。

大人の側は、社会の荒波に耐えられるような強さを身につけてほしくて、あえて厳しい環境で頑張らせようとしているのかもしれませんが、それはムダな厳しさです。苦手なことも少しずつ身につけていけるようにサポートするのではなく、苦手だとわかっていることを無理にやらせて、ただ失敗させているだけです。

そのような対応をしたら子どもは不安を感じやすくなり、プレッシャーに弱くなって、むしろ社会の荒波に一番耐えられない状態になっていきます。

私は、発達障害の子が将来、その子なりに社会参加するために必要なのは、登校日数や学力ではなく、生活スキルや対人関係などをその子なりに学んでいくこと、そして「自己決定力」と「相談力」を身につけることだと考えています。

自己決定力というのは、できることを自分で判断して実践する力です。相談力は、困ったときに誰かに援助を求める力です。この2つの力を持っていれば、子どもは本当の意味で自立することができます。自分で次の行動を決め、動き出せます。そして、困ったときには、誰かに相談して援助を求めることができます。

学校に必ずしも行かなくても、子どもは十分に成長していけます。みなさんには、お子さんの心の健康を第一にして、家庭生活、学校生活というものを考えていただきたいと思います。

(注記のない写真:Graphs / PIXTA)