子どもに寄り添う機会を構造的に増やすには
最初に、1つ問いかけさせてください。
あなたは、子どもたち一人ひとりの学びに、どれだけ本気で寄り添えているでしょうか。仮に100点満点で自己採点するとしたら、平均して何点くらいだと思いますか。
100点に近いと思う方もいるかもしれません。でも、それは少し危ういかもしれません。私たちが「見取っているつもり」でも、実際に見取れていないことのほうがずっと多いのが教育の現場です。一方で、自信がない方もいるかもしれません。でも、あなたが気づかぬうちに、子どもを救っていた場面は、確かにあるはずです。
では、今以上に子どもの学びに寄り添うにはどうしたらよいのか。そのヒントは、「寄り添う機会を構造的に増やすこと」にあります。そしてそれは、私たちが慣れ親しんできた一斉授業から、子ども主体の自由進度学習へと、学習形態を見直していくことでもあります。
自由進度学習とは、単にペースを任せることではありません。子どもが「自分の学び方」に責任を持ち、「何を・なぜ・どのように学ぶか」を考えるようになるための仕組みです。これは、「自律した学習者」を育てるための道でもあります。
「自由に進めていいよ」が"放任"に転じる危うさ
PISA2022の調査からも、「自ら学ぶ力」の不足が日本の子どもたちの課題として明らかになりました。目標設定、計画、振り返りといった自己調整力が求められています。

中部大学 現代教育学部 現代教育学科 准教授
1983年大阪府生まれ。大阪府公立小学校、大阪教育大学附属池田小学校、京都教育大学附属桃山小学校、香里ヌヴェール学院小学校を経て、現職。「子どもに力がつくならなんでもいい!」「自分が嫌だった授業を再生産するな」「笑顔」が教育モットー。オンラインサロン「先生ハウス」主催。編著書に『その自由進度学習、間違っていませんか? 失敗しない進め方』(明治図書出版)など
(写真:本人提供)
とはいえ、「自律した学習者」とは何かというその定義はあいまいです。単に問題が解けるようになる、漢字が書けるようになる、計算ができるようになるということではありません。私が考える自律した学習者とは、「学習者自らが深い学びを実現できる存在」です。知識をただ蓄えるのではなく、関連づけて統合したり、課題に応じて柔軟に活用したりすることができる学習者です。
学習者が知識をただ覚えるのではなく、つなげて構造化し、意味づけ、そして必要な場面で活用できる力。それを育てることこそが、自由進度学習の可能性なのです。
とはいえ、自由進度学習は魔法のような方法ではありません。「自由に進めていいよ」は、学びの自由を保障する言葉であると同時に、「放任」へと転じる危うさをはらんでいます。
たとえば、単元のプリントを配って「自由に進めていいよ」と言ったものの、子どもはただ順番に問題を解くだけ。教科書の「まとめ」や要点には触れないまま、進度だけが進んでいく。そこに本当の学びの深まりがあるかといえば、疑問が残ります。自由進度学習の実践を参観しているときによく見える光景です。さらに問題なのは、「できる子」が理解の浅いまま先へ進んでしまうケースです。一方、「わからない子」はどこでつまずいたかさえわからず、止まってしまう。これでは、「自由」はかえって学びの分断を生む結果になりかねません。
連続する思考の土台が「深い学び」につながる
例えば、3年生の小数の学習で「0.2+0.3」を扱うとき、理解してほしいのは「0.1が何個分か」という“単位”の考え方です。「0.2は0.1が2個、0.3は0.1が3個、だから0.5」といった構造的な理解が、次の「0.4−0.2」のひき算の学習にもつながります。さらに、2年生の「200+300」も、同じ発想で「100が2個と3個で5個、だから500」と考えています。つまり、学年をまたいで思考の土台は連続しているのです。自由進度であっても、この“学びのつながり”を子ども自身が意識できるようにすることこそが、教師の大切な役割です。
このような“学びのつながり”を意識しながら思考することが、「深い学び」を導くのです。単に「できた」かどうかではなく、どのように学んだのかが重要です。
つまり、自由進度学習では「自由に進めること」それ自体が目的ではなく、「どのように学ぶか」を子どもが意識できるように教師が支援する必要があります。
始める前に知っておきたい自由進度学習の「肝」
では、自由進度学習を放任で終わらせないためには、どのようなことが必要なのでしょうか。ここには、いくつかの「肝」があります。
まず大切なのが、「計画」です。見通しをもち、学習をデザインする力は、自由進度学習の要です。そのためには、「学びの手引き」や「めあて」といった道しるべが欠かせません。そこには「困ったら友達に相談する」「取り組みやすい場所で学ぶ」といった環境面の工夫に加え、「学びの深め方」といった学び方のヒントも含めておく必要があります。
次に重要なのが、「学習内容の自己決定」に潜む危うさへの配慮です。「難しそうだからやらない」「嫌いだから後回し」といった自己判断が積み重なると、苦手分野が放置され、学びが偏ってしまいます。自由進度であるからこそ、自己決定を尊重しつつ、判断の背景に問いを投げかけることが大切です。
そして最も重要なのが、「学習状況の把握」です。どこまで進んだかだけではなく、どのように考えたのか、なぜその方法を選んだのかといった“学びの過程”に注目することが求められます。ここに「形成的評価」が求められます。評価は結果を測るものだけではなく、学びのプロセスを支える道具でもあります。
未来に導く「伴走」が教師の大切な役割
そして、「フィードフォワード(feedforward)」ということも欠かせません。これは、過去や現在の結果を振り返るフィードバックとは異なり、これからどう学ぶか、次にどう進むかという未来に焦点を当てた支援です。子どもが次の学びをよりよくするために、どのような工夫や視点が必要なのかを共に考える、まさに伴走的な評価のあり方です。
このような未来志向の支援を可能にするのが、教師の「伴走」です。教師が先頭を走って引っ張るのではなく、子どものペースに合わせて声をかけ、ときには並走し、そしてときには背中をそっと押す。そんな関わり方が、学びの質を変えていきます。
「なぜそれを選んだの?」「次はどう進める?」という問いを通して、子ども自身が自分の学びを省察できるようにすること。これが、教師の本当の支援です。
自由進度学習は、決して子どもに丸投げする学びではありません。子どもの学びを深めていくために、教師の存在が問われます。
もちろん、すべての子にマンツーマンで寄り添うのは現実的ではありません。だからこそ、学びのサイクルをクラス全体で共有し、振り返りの機会をつくり、学び合う文化を育てることが「持続可能な自由進度学習」につながるのです。
「自由」とは、何もかもを好き勝手にやってよいということではありません。構造化された自由の中でこそ、子どもは自らの学びに責任を持ち、自律的に学習を進めていけるのです。教師の意図と支援があるからこそ、「自由」は「放任」ではなく、真の学びを支える力へと変わるのです。
(注記のない写真: buritora / PIXTA)

