現役教員との懇談会、端末を使ったワークショップも

神奈川県教育委員会は5月17日に県立総合教育センター(藤沢市)で「ペーパーティーチャー研修講座」を開催し、教員免許を持つ39人の社会人が参加した。

講座では、現在の教員免許制度の概要や小・中・高・特別支援学校の教員からそれぞれの学校現場の説明を受けたのち、参加者が希望する校種別の懇談会が行われ、教員に直接話を聞く場も設けられた。今年度は11月17日と2月26日にも開催し、9月12日に小田原合同庁舎でもサテライト開催する予定だ。

ペーパーティーチャーの掘り起こしを始めた経緯について、神奈川県は「2020年からペーパーティーチャー研修講座を開催しています。教員採用試験の倍率低下、また小学校35人学級の段階的な実施が始まったこともあり、今後さらなる教員不足が見込まれることなどを背景に多様な側面から人材を確保したいと考えて始めました」と、教員不足の危機感から動いたと明かす。

神奈川県のペーパーティーチャー研修講座では現役教員から話を聞く懇談会も行われた

一方、埼玉県教育委員会も5月31日に東川口駅前行政センター(川口市)で「ペーパーティーチャーセミナー」を開催し、11人の教員免許所持者が参加した。

セミナーでは、社会人経験のある30代の小学校教員と50代の中学校教員と会場をオンラインでつなぎ、教員に転職した理由や学校での働き方などの話を聞くパネルディスカッションのほか、模擬授業や生徒が使っているタブレット端末の活用、近年増加する外国ルーツの生徒向けの日本語指導などを体験するワークショップも行われた。今年度は今回を含めて県内4地区で9回開催する予定だ。

埼玉県のペーパーティーチャーセミナーでは日本語指導などを体験するワークショップも行われた

臨任・非常勤講師の登録につながったのはどのくらい?

埼玉県は「県では近年、20代後半から30代の教員が最も多く、産休・育休に入る教員も増えている中、その代替教員が不足しています。教員免許状を持ちながら一度も教育現場に携わっていない方が相当数いることに目をつけ、ほかの自治体の取り組みも参考にしながら、2021年からペーパーティーチャーセミナーを行っています」と、ほかの自治体の動向もきっかけになったという。

どちらも共通していたのは、講座・セミナーの終盤に、最長1年の任期でフルタイムで働く臨時的任用教員、授業だけを受け持つパートタイムの非常勤講師への登録相談会が行われ、しっかりと人材確保につなげていたことだ。

神奈川県は、昨年度は3回実施し、のべ112人が参加、うち76人が臨時的任用教員・非常勤講師の登録をした。

「幅広い年齢層の参加者がいますが、最も多いのは40~50代の方で、60代以上の方も1割強います。登録相談会ではシニアの参加者から『若い子たちとやっていけるか不安』という声もありますが、『学校には多様な人材が必要なので、ぜひご経験を生かして教壇に立ってほしい』とお伝えしています。実際に社会人経験のある先生はたくさん活躍していますし、即戦力になっていただけると考えています」と、手応えをアピールする。

埼玉県では昨年度は9回実施し、のべ273人が参加、うち82人が今年4月から臨時的任用教員・非常勤講師として学校で勤務している。

「参加者は子育てがひと段落した30~50代の方が中心で、半数が民間企業にお勤めの方です。『自分に授業ができるのか』『子育てと仕事の両立ができるのか』などの不安を持たれていることが多いので、それらを払拭する内容にしています。具体的には昨年度から学校で実際に生徒が使用しているタブレットに触れていただくワークショップなどを設け、今年度からは現場の教員に直接話を聞けるパネルディスカッションも行うなど、参加者の声を生かして内容の充実を図っています。おかげさまで参加者も採用数も年々増加しています」と、内容を改善しながら成果を上げているという。

「長時間勤務は割に合わない」と厳しい声も

こうした取り組みは、教職に関心を持つペーパーティーチャー側からも好評だ。

神奈川県の講座に参加した高校地理歴史・公民の免許を持つ48歳男性(イベント関連企業勤務)は「内容はすごくよかった。自分が学生だった頃より学校現場がアップデートされていることがわかった。勤め先は副業を認めているので、タイミングが合えば講師としてお役に立てるかもしれない」と、その場で講師の登録を決めた。

埼玉県のセミナーに参加した中学国語の免許を持つ50歳女性(派遣社員)も「大学で教職課程を学んでからブランクがあるので、ちゃんと授業ができるか不安だった。でも、近年はデータベースで共有されている学習指導案を活用できることもわかり、怖がらずに飛び込んでみようと思えた」と、教員への転職に前向きになったと明かす。

埼玉県のペーパーティーチャーセミナーの様子

一方で、参加者から教員の働き方があまり改善されていないという指摘もあった。

中高理科の免許を持つ26歳女性(ウェブデザイナー)は「熱意は伝わってきたが、まだ労働時間が長く、働き方として魅力的ではない。教員に転職するとしても今ではないと思った」と、登録相談会には参加せずに会場を後にした。

中学保健体育の免許を持つ30歳男性(医薬品企業勤務)も「全国転勤のある会社に勤めているが、子どもが生まれてから転勤に抵抗感があり、地元で働きたいと思って参加した。しかし、教員の実際の勤務時間は長く、思ったほど働き方が改善されていないと感じた。拘束時間を短くするか、残業代として給与に反映すべき。給特法改正で給与上乗せが10%になったとしても割に合わない」と、厳しい表情を浮かべた。

労働環境については、神奈川・埼玉県の担当者はともに「学校の働き方改革はかなり進んできましたが、改善しなければならない課題は多いと考えています。県としてできることをやるとともに、教員という仕事の魅力を発信し続けていきたい」と、改善をアピールするが、県だけでは解決できない問題もあることをにじませた。

社会人だけでなく、中高生など若年層の囲い込みも

教員不足の危機感からペーパーティーチャー獲得に動いているのは、神奈川県・埼玉県だけではない。近年は各都道府県に加え、政令指定都市や中核市なども独自にペーパーティーチャー向け説明会を開くなど、全国的な広がりをみせている。

こうした状況を受け、埼玉県は「ペーパーティーチャーセミナーを例年9月から開催していましたが、今年度は前倒しして5月に開催しました。告知も県の広報紙だけでなく、より多くの方の目に留まるように、県と包括的連携協定を結ぶ大型ショッピングモールや銀行などの企業にもポスターを掲示させていただきました。今後もより多くの方に参加していただけるよう工夫していきたい」と、早期開催や地道な広報活動でペーパーティーチャーの採用を強化している。

一方、神奈川県は「教員志望の大学生や社会人向けの取り組みだけでなく、『中学生のための教職セミナー』を年1回、『高校生のための教職セミナー』を年6回行っています。教員という仕事に興味を持っていても、教育大学や教育学部に進学しなければ教員免許が取得できないと思っている生徒もいるので、正しい情報発信に努めたい」と、より若年層をターゲットにした囲い込みにも動いている。

どちらの講座・セミナーでも現在使われている教科書が展示され、参加者が閲覧できる機会を設けていた。上は神奈川県、下は埼玉県

筆者は、公立中学校・高校で社会科の臨時的任用教員、非常勤講師として勤務した経験があるペーパーティーチャーだが、生徒の成長に携わることができる教員という仕事に大きな魅力があることは間違いない。生徒にとっても、生え抜きの教員とは異なる社会経験を交えた授業が受けられるメリットがある。

しかし、労働基準法が適用されない現行の制度では、民間企業とのワークライフバランスの差を解消できておらず、大きな課題が残されたままだ。

今後も教員不足が続く限り、各自治体が知恵を絞った独自のアイデアで新たな教員の担い手を発掘し、獲得競争にしのぎを削る構図が続きそうだ。

(注記のない写真:中野氏撮影)