偏差値の高さは必ずしも「AI時代に必要な力」につながらない
今や東京大学理科3類の入試に合格する水準に達したとされるAI。その進化による社会的インパクトは大きく、ビジネスの現場だけでなく、教育や学びのあり方も大きく変わっていくことが予想される。
こうした中、以前から教育現場でAI活用を積極的に試みてきたのが、青山学院大学・同学院中等部で講師を務める安藤昇氏だ。もともとは佐野日本大学高等学校(栃木県佐野市)の教員で、ICT環境の整備を先駆けて推進したことで知られる。その後退職し、2019年に上京して動画配信やテレビ出演など活躍の場を広げている。教育におけるAI活用も上京した頃から本格的にスタートしたという。
実際、どのように授業でAIを使っているのか。
「青学の中等部では6年ほど前から、『技術AI』という総合学習の授業でAIを使っています。当初は例えば、コロナ禍だったこともあり『AIが飲み物を検知してマスクを自動開閉する装置』など視覚的にも面白いものを作ってみせて、ディープラーニングなどのAIの基礎について教えていました。その後、生成AIが登場してからは、『AIをどうやって使うか』という手段としての活用から、『AIを何に使うか』を考えさせる実践になりつつあります。最近では生徒たちに『バイブコーディング』を使ったゲーム作りなどに取り組んでもらっています」

(写真:安藤昇氏のYouTubeチャンネル『GIGAch』より)
「バイブコーディング」とは、産業界で急速に広がり始めているソフト開発の手法だ。「こんな感じのゲームを作って」などと自分がやってほしいことを話し言葉でAIに指示すると、AIがコードを作成してくれる。簡単なゲームを作る際、生成AI初期の頃はある程度の完成度にたどり着くまで半年ほどかかっていたが、バイブコーディングなら1~2日くらいで普通に遊べるゲームができてしまうという。
しかし、AIで何でもできるからこそ、「創造力」が試されると安藤氏は強調する。
「実は、ゲームを作らせると苦労する子は多いです。青学は学力が高い子が集まっていますが、偏差値の高さは必ずしも、AI時代に必要とされる批判的思考や好奇心につながるわけではないという実感を持つようになりました。おそらく中学受験の過程では、好奇心や遊び心などを捨てざるをえなかったのでしょう。しかし、AIに対する生徒たちの食いつきはよく、授業を楽しんでおり、AIを使って何かに取り組むことは、本来持っている創造性や想像力が再び花開く機会を提供できていると実感しています」
学校の役割は、好奇心を持たせ、正しい方向に導くこと
教育におけるAI活用に対して懸念を示す声も少なくない。思考力や文章力が低下するのではないかとの指摘もあるが、安藤氏はこう考えている。

スタディサプリ情報Ⅰ講師、青山学院大学・青山学院中等部講師
生成AIを活用した教育の第一人者として、DXハイスクール導入を支援し、多くの学校でアドバイザーを務める。2023年よりスタディサプリで講師として、2025年大学入学共通テストの必履修科目『情報Ⅰ』の講座を担当。映像授業クリエイターとしても活躍しており、運営するYouTubeチャンネル「GIGAch」は登録者数が3万人を超える。また、Hulu配信番組「めざせ!プログラミングスター~プロスタ★キッズ大集合〜」ではプログラミング講師として出演。AIと教育を融合した新しい学びを実践し、教育現場のDXを牽引している
「優れたAIサービスがたくさん出てきていることもあり、今の大学生はみんなAIを使っています。レポートなどの課題にも当然使っていると考えたほうがいいでしょう。青学でも親が率先的にAIに課金して子どもに与えている家庭も見られ、AIの利用は多くの中高生にも浸透していると思います。これだけ利用が広がっている中で、禁止しても意味がありません。むしろAI活用を前提にして、人間には何ができるのかという視点で教育を考えたほうがよいのではないでしょうか」
最近では、複数のAIが協力し合ってタスクを実行してくれるAIマルチエージェントなども注目されている。そんな時代においては「AIができることは、もう人間がやらなくてもよいとさえ思っています」と、安藤氏。では、人間にしかできないこととは何か。
「例えばプロジェクトを立ち上げたときに、泥臭いコミュニケーションや、人をまとめるといったことは人間にしかできません。そうした本来人間がやるべきことと向き合っていくことが大切だと思います。また、AIは善悪を判断できませんので、人の心を育てることが重要になると考えています。学校の役割は、子どもたちにいかに好奇心を持たせるのか、そこに重点が移っていくでしょう。将来的には教え方のうまい教員もいらなくなるかもしれません。子どもたちの好奇心を育み、倫理や哲学、道徳などをしっかり教え、人間として正しい方向に進めるよう導くことが重要になっていくのではないでしょうか。人間は人間にしか育てられないと考えています」
実際、安藤氏は授業の中で倫理教育も行っている。すでに昨今、AIを悪用した犯罪が増えているが、AIがどれだけ危険かということについて具体的な事例とともに認識させるようにしているという。
「例えば、韓国で実際に起きたディープフェイク被害は、どんなソフトを使って行われたのかというところも具体的に示しました。AIは何でもできるからこそ、何をやってはいけないのかを判断することが重要であると伝えています」

(写真:安藤氏がAIで作成した資料より)
小学校段階からのAI活用に懸念、「好奇心や遊び心」を育んで
AI活用に積極的な安藤氏だが、早期からのAI活用には懸念を示す。現在、次期学習指導要領の検討が進んでおり、生成AIの活用を含む情報活用能力の育成について強化する方針が示されているが、学校でのAI活用はどのような点に注意すればよいのだろうか。
「私はほとんどのAIサービスに課金して活用していますが、AIの進化はすさまじい。今後はノーベル賞級の発見もAIがするようになるでしょう。AIが社会の中核を担う時代には、働くという概念そのものが変容し、純粋な知的好奇心、創造的な遊び心、情熱を注げる対象に没頭する力こそが、職業人生においても個人の人生においても、充実感と生きがいを支える根幹になるのではないかと考えています」
そのため、「小学校段階からAIを使わせてはダメ」と安藤氏は語る。小学生はとにかく遊ばせ、好奇心や遊び心を育む必要があると強調する。
「早期からのAI活用は子どもたちの創造性を奪いかねません。実際、多くのAIサービスは13歳未満は使ってはいけない規定になっていますが、提供側も弊害があると考えているのでしょう。ただし、ギフテッドの子はAIと対等に話せますので、孤独感の解消や能力の発揮といった観点からAIを与えたほうがよいと思います」
また、教員の働き方改革においてもAIは多いに役立つ。安藤氏は、教材づくりや評価についてもAIを活用していると語る。
「日々の評価を記録するのは私ですが、その記録を長期スパンでAIに分析してもらったり、所見としてまとめてもらったりしています。AIを使えば、1人ひとりの日々の活動を細かく分析して個別最適な評価ができます。これまで3日かかっていた資料が30分もかからずできてしまうことも。これから教員は教材研究や指導案、授業の準備はAIにどんどん任せて負担を減らし、教育の本質である子どもや保護者への対応、クラブ活動の指導など、人間にしかできない活動に時間を割くべきではないでしょうか」

(写真:安藤氏がAIで作成した資料より)
現在、AIエージェントの活用が急速に普及しているが、数年以内には人間のように学習し課題解決できるAGI(汎用人工知能)が実現できるとの見方もある。こうしたAIの動向も、AIを使えば忙しい教員でも日々キャッチアップできると安藤氏は言う。
「私もAIにお願いして、国内外の主なニュースサイトからAIに関する最新情報を毎朝6時に送ってもらっています。これだけでもだいぶ楽に学べます」
AIの活用を始めたい教員は、まずはこうした情報収集から始めてもよいかもしれない。
(文:國貞文隆、編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:安藤昇氏提供)

