教員と児童という「縦の関係」→人間同士の「横の関係」へ
庄子氏が新任だった約20年前は、「厳しく叱ることのできる教師」がよい教師だと言われており、庄子氏もそんな教師像に少なからぬ影響を受けていたという。
「当時は、動物の調教のように上下関係をしっかりと作るやり方が教育にも有効だと考えている教員が珍しくありませんでした。私自身、若かったこともあり、子どもたちになめられないように上下関係を明確にし、厳しい態度で接することができる教員にならなければいけないと思っていました」

ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター 主席研究員
公立小学校の教員を20年近く務めた後、現職。大学院にて臨床心理学科を修了し、人をやる気にさせる声かけや環境づくりを専門とする。次世代教育・働き方改革・道徳教育などに関する研修を全国各地で行い、研修回数は500回を超え、受講者も1万5000人以上となる。著書に『子ども教育のプロが教える 自分で考えて学ぶ子に育つ声かけの正解』(ダイヤモンド社)など
(写真:ベネッセ教育総合研究所提供)
しかし、経験を積み、落ち着きのない学級の担任を任される機会が増えると、「強く叱れば叱るほど、子どもたちの反発も強くなった」と庄子氏。自身の方針が間違っているのではと考え始め、教員以外の知見も取り入れようと、校外の研修に参加してコーチングやアンガーマネジメントを学び、その後は教員の仕事を続けながら大学院に通って心理学を学んだ。
「学びの過程で、大声で指導をする、怖そうな表情・態度で接するといったそれまでのやり方では限界があることに気づき、指導方法を見直すようになりました。最も大きな変化は、子どもたちとの関係性を、教員と児童という『縦の関係』から人間同士の『横の関係』で捉え直したことです」
まず実践したのは、「声を荒らげない」「必要以上に言葉を発さない」こと。例えば、朝の会が始まるタイミングで教室内が騒がしくても、根気よく笑顔で待ち続け、静かになってから「先生は何も言っていないのに、今日は1分半で静かになってすばらしいね」と声をかける。このように指示を減らし、子どもたちをよく観察してよいところを認める声かけを増やせるようになると、学級の空気は変わっていったという。
「教員は、子どもとの対話よりも『こうしなさい』という指示が多くなりがちですが、やるべきことは黒板に書く、デジタルツールで送信するといった“見ればわかる”工夫をしたり、毎回の授業の流れを決め、いつ何をするかを子どもたちが自律的に判断できる仕組みを作ったりしておくと、“指示の言葉”を減らしていくことができます」
庄子氏の言う「認める」とは、「よい事実をそのまま伝える」ことを意味する。「褒める」とは何が違うのだろうか。
「私が考える『褒める』とは、立場が上の人が下の人に対して行う行為で、『望ましい行動だから続けてほしい』というニュアンスが強くなりがちです。一方、『認める』は、よい行動を目にして純粋にうれしいと思う気持ちを伝える行為です。ただ、口では『すばらしいね』と言っても、その声かけで子どもをコントロールしようとか、いい学級をつくるためといった意図があると、『認める』ことにはなりません。大切なのは、教員自身が心の底から思っていることを伝えること。子どもたちは敏感ですから、同じ言葉でも心がこもっているかどうかで、子どもたちの受け取り方は大きく変わります」
子どもの行動をよく観察すると、教員がやってほしいと思っていることを、子どもがやってくれていることも多いそうだ。
「何も言われなくても担任の給食を準備してくれたり、問題行動を起こした子について『こんなよいところがあるんだよ』と教えてくれたりといった、子どもの純粋な気持ちに基づく行動を見ていると、人として素直に『すごいね』『ありがとう』と思えるものです。教員がそのような“よい行動を見ようとする目”を持てば、気づいた事実をそのまま伝えるだけで、子どもを認める声かけとなります」
荒れている学級の指導においても、子どもを認める声かけは有効だという。
「35人学級なら、少なくとも5人くらいはちゃんと授業を受けている子がいるはずで、その子たちをしっかり認めることが大事です。とくに最も影響力のある子のよい行動を『こんなに騒がしいのに、集中してすごいね』と認める声かけをしていくと、その行動を真似する子が少しずつ増え、学級全体の雰囲気もよい方向へ変わっていきます。さすがに学年末になると学級の立て直しは難しいこともありますが、子どもたちに学校や大人への根深い不信感がない限り、今の時期であれば3日で雰囲気が変わることを実感できると思います」
「内発的動機付け」を意識してプロセスを評価
こうした子どもたちを認める声かけを習慣化することが、安定した学級経営を行ううえで重要になるが、注意したい点もある。
成果のみに着目して子どもを評価する発言や、「隣のクラスはできているのに」などと比較する発言は避けること、また、「これができたら休み時間が長く取れるよ」といった外発的動機付けは極力しないほうがよいと庄子氏は指摘する。「やりたい、楽しい」などの子どもの内側から湧き出るもので意欲を高める内発的動機付けを意識し、子どもの主体性を引き出していくことを大切にしたい。
「内発的動機付けを高めるには、指示・伝達は『どうしたらよいと思う?』という問いかけに変えること、そして結果よりプロセスを評価すること。心理学者アルバート・バンデューラの『社会的学習理論』では、自己効力感の重要性が述べられています。自分の行動のプロセスが教員に肯定的に受け入れられていると感じることで、子どもは自己効力感が高まり、内発的動機付けが促進されるので、頑張っている子には個別に声をかけて努力や工夫を認めてあげましょう」
昨今、小学生の段階ですでに学習に悩みを抱えている子も多いようだ。「子どもの生活と学びに関する親子調査 2024」(東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所 共同研究)によると、小学4年生~6年生では「勉強しようという意欲がわかない」と回答する子が増加傾向にあるだけでなく、「上手な勉強のしかたがわからない」と回答した子が2016年の43.5%から2024年には64.4%と大幅に増加している。教員はこうした実態も念頭に置いたうえで、個々の頑張りを認める声かけをしたい。
「例えば、10問の小テストでいつも1問しか正解できない子に対しては、まずは2問に取り組み正解できるようにするといったスモールステップを設定し、勉強を頑張っているプロセスを認めていくことが大切だと思います」

目立たない子の小さな変化を認めていくことが重要
前述の調査では、小学4年生~6年生は、図表を理解する力、グループをひっぱる力、文章にまとめる力、論理的に考える力、じっくり取り組む力、解き方を考える力などに関して「得意」とする割合が減少しており(下図の赤い項目を参照)、自己評価の低下も確認されている。子どもの自己評価を高めていくには、やはり1人ひとりに目を向けていくことが大切になる。

「教師はどうしても目立つ子どもに意識がいきますので、問題を起こさないような子どもをいかに丁寧に見ていくかが重要。目立たなくてもやるべきことをやっている子に対しては、『今日は頑張って発言したね』『班の代表としてしっかり発表ができてすばらしいね』と、その子にとってはチャレンジだったことを認める声かけをすることが大切です。1人ひとりの小さな変化に気づくには、教卓から離れて教室内を歩き回る時間を増やしてほしいと思います」
問題行動を起こす子どもに対しては、「本人や周囲の子どもたちの安全が確保されていれば何もせずに様子を見る」のが庄子氏の基本的なスタンスだ。
「負の注目を集めると問題行動がエスカレートすることがあるため、問題行動には過剰に反応せずに、『今日はちゃんと座っていられるね』とよい行動を認める声かけを繰り返すことが重要です。問題行動の背景に複雑な事情が隠れているケースもあるため、対応に悩む場合は担任だけで抱え込まずに、学年主任と共有したうえで管理職やスクールカウンセラーに相談してみるとよいでしょう」
学校に行き渋る子どもに対しては、庄子氏は「背景にあるものはさまざまなので一概には言えない」と前置きしたうえで、「『明日は学校に来れるかな』とプレッシャーをかけるような声かけは避けたほうがよい」と話す。
「学級内に苦手な子がいる可能性もあるため、『みんな待っているよ』とは言わないほうがよいですし、行き渋る子は既に頑張っているので『頑張って学校に来よう』という声かけも避けるべきです。『登校できても、できなくても、私はあなたと話せてうれしいよ』と伝え続け、教員自身がその子との会話から学べることを学ぼうという姿勢を持つことが大切です」
子ども同士のトラブルが起きた際は、どのような声かけを意識するとよいだろう。庄子氏は「すぐに仲よくなれなくてもいいからね」と伝えてから、「これからずっとこのことでけんかするのは嫌だよね。どうしたい?」と双方の意見を聞いて対応策を一緒に考えるよう心がけてきたという。
「教員はトラブルの解決を急ぐあまり、子ども同士が納得していないのにとりあえず謝らせて話し合いを終わらせようとすることがあります。しかし、人間関係のトラブルはすぐに解決しないことも多いので、裁判官のような立場で正すのではなく、一緒に考える姿勢で向き合うことが重要です」
夏休みまでのカウントダウンで「魔の6月」を乗り切る
6月は多くの学校において大きな行事がないこともあり、子どもたちが中だるみして学級が不安定になりやすい「魔の月」とも言われている。この時期にはどのような声かけを心がけるとよいのだろうか。
「『あと30日、登校したら夏休みだね』というように、終業式から逆算した日数を意識させる声かけをすると、子どもたちは終わりが見えて頑張れるものです。授業の単元の終わりに発表会を開いたり、総合的な学習の時間などを活用してイベントを企画したりして、単調な毎日に変化をつけるのもよいでしょう」
6月の時点で学級が不安定になっている場合は、「教員がもう一度、4月のような新鮮な気持ちで子どもたちと接してみてほしい」と庄子氏はアドバイスする。
「『今週は自分ばかりが喋りすぎないようにしよう』『今日は普段はあまり注目していない子に目を向けてみよう』というように、1週間単位、1日単位で目標を立てて過ごしてみると、子どもたちとの関係も変わっていきます。笑顔で接することができるように、まずは教員自身がしっかり休んで自分の心の状態を整えることも意識してみてください」
(文:安永美穂、写真:つむぎ/PIXTA)


