見晴らしの良い7階に、「図書室」とは呼ばない図書室

東京都品川区にある品川翔英中学校高等学校。エレベーターで7階まで上るとそこには、青空が広がる明るい空間が待っていた。

品川翔英中学・高等学校
西大井駅から徒歩10分弱。品川翔英中学・高等学校は隣接して幼稚園、小学校もある
(写真:筆者撮影)

「ここが図書室です」と案内してくれたのは同校国語科教諭の三本正行氏。同校は2020年に女子校から共学化、校名も変更した。2023年には新校舎が完成、その際に見晴らしの良いこの7階に図書室を設けることにしたという。

品川翔英中学・高等学校の図書室「INNOMAG(イノマグ)」
7階の図書室「INNOMAG(イノマグ)」は、見晴らし抜群だ。ほかの写真も見る
(写真:筆者撮影)

「本のことを考えると、日当たりが良すぎる場所は本が日焼けしてしまうため、あまりよくないと言われています。そのため、旧来の校舎では図書室は隅にあることも多いです。でも、明るく居心地の良い場所のほうが、生徒たちは来たくなるだろうと思いました。読む人を大事にする図書室にしようと、一番見晴らしの良い場所に図書室を設けたのです」

室内に入ると、中も普通の図書室とは大きく違う。本棚は壁面に沿って設けられており、中央にはグループで使えるテーブルや、一人掛けのソファが並ぶ。まるでオシャレなコワーキングオフィスのような造りだ。

品川翔英中学・高等学校の図書室「INNOMAG(イノマグ)」
放課後は生徒たちが徐々に集まる。本を読む子や勉強をする子など、やっていることはまちまちだ
(写真は学校提供)

同校では立て替えの段階で議論をし、コンセプトを確立していた。目指すのは生徒が本と出会い、仲間と議論を楽しむ場所だ。名前も「図書室」ではなく「INNOMAG(イノマグ)」とした。

INNOMAG
Imagine(想像する)
Nurture(育成・促進)
Network(つながり)
Opportunity(機会・チャンス)
Mindfulness(心の在り方)
Appreciation(感謝)
Growth(成長)

本好きにとっては、見える本が少なく感じてやや物足りなく思うかもしれない。しかし、この図書室になってから、訪れる生徒の数はどんどん増え、それに伴うように貸出数も増えたという。初年度の時点で、貸出数は以前の倍に。翌年はそこからさらに増え、今年も4月時点で前年を超えている。

面陳列、ポップ、ガチャ…建築系出身司書の斬新なアイデア

生徒の図書室利用を増やす立役者となったのが、異色の経歴をもつ司書の高田洋平氏だった。新卒で大手建築系の企業に就職、ホテルやオフィスの内装デザインの仕事をしていた高田氏。働き始めて数年、個人宅などのデザインも手掛けたいという気持ちが芽生えた。そこで、一度離職して資格取得に専念することを決意。とはいえ、まったく働かないわけにもいかない。そんな時に目にしたのが、図書館でのアルバイトだった。

品川翔英中学・高等学校の学校司書の高田洋平さん
高田洋平(たかだ・ようへい)
品川翔英中学・高等学校 学校司書
(写真:筆者撮影)

「もともと本は好きでした。それに資格勉強との両立を考えた時、図書館なら体力的負担も少なくて、正直『楽かもしれない』と思っていたんです」

しかしアルバイトをするうちに、高田氏は図書館での仕事に面白さを感じ、沼にはまっていった。気付けば、建築士の資格ではなく、図書館司書の資格取得を目指すことに。無事に司書の資格を取得して、求人のあった同校に就職した。早速、新校舎建築に伴う図書室リニューアルに際して高田氏が参考にしたのは、街の本屋だった。

「街の本屋さんは、本を売るために必死で頑張っています。本を手にしてもらうための工夫を沢山されていると思ったので、僕たちもここを見習おうと思い、いろいろと見て回りました」

目にとまったのが、本を面陳列する手法だった。学校の図書室でも、「今月のイチオシ本」など限定的なコーナーで面陳列をする場合はある。だが同校の図書室では、面陳列をメインで本を並べることにしたのだ。パッと見で本の数が少ないようにも感じるが、実は全部で1000冊もの本が陳列されているという。

品川翔英中学・高等学校の図書室「INNOMAG(イノマグ)」
一番大きな壁面棚には、100冊の本が並んでいる
(写真:筆者撮影)

陳列されていない本は閉架図書として保管されており、蔵書は2万数千冊にも上る。面陳列の本棚に借りたい本がなかった生徒には、閉架図書の棚を案内するそうだ。

品川翔英中学・高等学校の図書室「INNOMAG(イノマグ)」
目的の本が陳列棚にない場合、図書館のデータベースで検索して、閉架図書の棚から選んでもらう
(写真は学校提供)

面陳列の棚の本には、本屋さながらのポップもつけられている。

品川翔英中学・高等学校の図書室「INNOMAG(イノマグ)」
それぞれの本には手書きのポップが。貸出中の本は「貸出中」の札をつけることにした
(写真:筆者撮影)

「通常の陳列は、もともと本好きの人にとってはいいかもしれません。でも、本がそれほど身近にない生徒にとっては、背表紙のタイトルだけ眺めてもなかなか興味がわかないと思いました」

表紙が見える面陳列にしたところ、いわゆる「ジャケ買い」に近い形で本を手にしてくれる生徒が増えたという。

とはいえ、これは一般の陳列方法に比べて司書や職員の努力が必要な方法だ。同じ本ばかり並んでいては、生徒たちも飽きてしまう。そこで、高田氏は多い時で月に2回、陳列本を入れ替えている。相当な手間なのではと質問すると、「毎月新しい本を購入しているので、早くみんなに見せてあげたい!という思いがあります」と笑顔で返ってきた。これ以外にも、高田氏は新たなアイデアをどんどん実行していった。

例えば、知らない本との出会いを促そうと、本の情報が出てくる「ガチャガチャ」を段ボールで自作。この装置をきっかけに本を手に取ってくれる生徒もいるという。カートに本を載せて廊下を巡る「出前図書室」も始めた。

品川翔英中学・高等学校の図書室「INNOMAG(イノマグ)」
建築系の学部出身ということもあり、手先が器用な高田氏。段ボールで作ったガチャは生徒に好評。ガチャを回すと数字が出てくる。手前にある包装された本にも番号がついており、同じ番号の本を手にするという仕組み
(写真:筆者撮影)

「図書室から離れた場所に教室がある子は、図書室に来るのが面倒かもしれないと思って」と高田氏。昔の魚屋のごとく、カートを引いて廊下を巡り、通りかかる生徒に本を紹介する。新しい校舎は教室と廊下側の壁がないオープンな造りになっているため、廊下に高田氏が来ればすぐにわかる。

品川翔英中学・高等学校の教室
廊下側の壁がない、オープンな造りの教室の様子
(写真:筆者撮影)

同校の場合、校長をはじめとする教員たちが、高田氏の取り組みを「面白い!」と受け止めてくれることも、図書室で数々のアイデアが実現される後押しとなっている。教員と高田氏の良好な連携をうかがえるのが、図書室に入ってすぐの棚だ。同校に新しく来た新任の教員に協力を依頼、新任教員の顔写真とオススメ本を並べたコーナーを作った。すると、生徒だけでなく、教員たちも足を止める場所になった。「この先生、こんな本が好きなのか」と、新任教員と生徒はもちろん、前々からいる教員とも、本を介した新しいコミュニケーションが生まれるようになったという。

品川翔英中学・高等学校の図書室「INNOMAG(イノマグ)」
新任の教員からのオススメ本を集めたコーナー
(写真:筆者撮影)

上の年齢向けの本を「読み語り」して好奇心を刺激

この事例を受けて、同学園の小学校の図書室でも、面陳列をメインにすべく準備を進めている。図書室のリニューアルはまだ完成前だが、児童に向けた「読み聞かせの時間」を豊かにする取り組みは随分前から行ってきたそうだ。小学校では、小学1年生の副担任も務めているという三本氏による「朝の読み語りタイム」を設けている。三本氏は「読み聞かせ」ではなく「読み語り」というのだが、これは絵本作家の杉山亮さんの影響だという。

品川翔英小学校の図書室
こちらは現在の品川翔英小学校の図書室。少しずつ中高のような面陳列に変えていく予定。中高も、以前の図書室はこのような様子だった
(写真:筆者撮影)
品川翔英中学・高等学校の三本正行教諭
三本正行(みもと・まさゆき)
品川翔英中学校高等学校 国語教諭/品川翔英小学校 1年副担任
(写真:筆者撮影)

「杉山さんが『読み語り』とおっしゃっていたんです。『読み聞かせ』というと、本を読む側の大人も“聞かせてやるから、ちゃんと聞きなさいよ!”という心持ちになってしまう気がして。

でも子どもは、聞く態度には関係なく、実はしっかり物語を楽しんでいることがあるんです。読む側も“読むぞ!”という態度ではなく、“読み語っているから、興味があったら聞いてね”くらいの態度でいるほうが、子どもにとっては良い気がして、私も『読み語り』としています」

三本氏の「読み語り」では、児童の年齢に合わせた本だけでなく、少し上の年齢向けの本も選んで読むようにしている。

「本の中に習っていない漢字があると、児童自身で読むのは少し難しいかもしれません。でも、読んであげれば理解することができます。本はそれ自体に力があるので、私たちはその力を受け取って読むだけ。聞く態度うんぬんより、学年に関係なく面白い本を読んであげることで、子どもたちに『本って面白いんだ!』と思ってもらうことが一番大切だと思います」

品川翔英小学校での朝の「読み語り」
三本氏の「読み語り」の様子。前のめりになって聞いている子どももいる
(写真:学校提供)

実際、三本氏の読み語りをきっかけに「続きが知りたい!」と図書室を訪れて本を手に取る児童も多いそうだ。本は学年を問わず、子どもの好奇心や興味関心に合わせて“飛び級”ができる。誰かに押しつけられたものではなく、自らが面白いと思ったものなら、たとえ知らない漢字が出てきても、自分で調べてみるきっかけにもなるだろう。このように、子どもたちが本と触れ合う機会が増えれば、図書室の利用者も増えていくはずだ。

全国学校図書館協議会が毎年実施する読書に関する調査(2024年)によると、小学生は昨年、わずかに読書冊数が上昇した。とはいえ、本当に読んでいるかどうかの信憑性を計るのは難しい。学校によっては読書週間を設け、読んだ本の題名と作者をシートに記録させるケースもあるが、白紙で出すのは気が引けるという理由などで、実際は読んでいないのにシートを埋めようとする子どもも見受けられるからだ。

過去31年分の5月1か月間の平均読書冊数の推移
過去31年分の5月1か月間の平均読書冊数の推移
(出典:公益社団法人 全国学校図書館協議会「学校読書調査」)

最新の統計(2024年)では、子どもたちの平均読書冊数は、小学生13.8冊、中学生は4.1冊、高校生は1.7冊。「本を読まない割合」は、中学・高校と学年が上がるにつれ、それぞれ23.4%、48.3%と増えていく。

モバイル社会研究所が1都6県に暮らす小中学生とその親に実施した調査では、昨年、調査開始から初めて、小学6年生のスマホ所有率が半数を超えた。学年が上がるにつれてスマホ所有率は上昇し、中学3年生の所有率は82%だ。

もちろん電子書籍も出回っているため、「スマホの所有率=読書離れ」と決めつけるのは少々乱暴ではあるが、それでも、読書離れとスマホの出現には関係があるように感じる。一家に1台テレビがある時代を迎えた際も「子どもがテレビばかり見て本を読まない」という指摘があったが、テレビは時間によって番組が区切られているため、子どもが見たい番組が四六時中流れていたわけではない。ところが今は、YouTubeやSNSなど、好きなものを好きな時に、好きなだけ視聴できるのが実情だ。

これらの誘惑を押しのけて子どもを読書に導くには、大人側のサポートが必要である。本との出合いや関係性をいかにして築くか。結果を出している品川翔英の取り組みは、子どもや若者の本離れを食い止める1つのモデルを示してくれている。

(注記のない画像:筆者撮影・学校提供の写真を基に東洋経済作成)