「学力型年内入試」とは何か、その問題点とは
総合型選抜・学校推薦型選抜の総称である年内入試ですが、一般的には面接や小論文、高校の推薦書や受験生本人による志望理由書などを用いて選抜が行われます。
選抜の際には、大学入学後の教育への適性や基礎的な学力を確認する意味で学力試験が行われることもあります。国公立大学などでは、学力確認のために大学入学共通テストを課し、その結果と合わせて年明けに合格発表する方式で実施している大学もあります。
しかし、主に近畿地区では、少なくとも30年以上前から面接なしで学力試験のみによる公募制の学校推薦型選抜が行われてきました。併願も可能で学外会場も複数設置され、早期に実施される一般選抜と言えなくもないため、時に“0期入試”と称されることもあります。大学によっては数万人の受験生を集めており、制度として定着していると言っていいでしょう。

ただ、文部科学省が毎年通知する入試のルールブック「大学入学者選抜実施要項」では、学力試験の実施は「2月1日以降」とされているため、その意味でルールに反していることは以前から指摘されていました。それでも近畿地区では“受験の常識”になっており話題になることもありませんでした。
今年、そこに異変がおきました。首都圏でも同様の年内入試を行う大学が出てきたのです。それが東洋大学と大東文化大学です。
これに反発したのが、高校側と競合する大学です。高校側の意見としては、前述の入試日程ルール違反に加えて、高校教育への悪影響をあげています。早期の就活が大学教育を歪めるのと同じ理由です。競合大学は自大学の学生募集への悪影響を懸念しました。
そのため、文部科学省は例年、年1度(5月)の大学入学者選抜協議会(高校団体と大学団体などが入学者選抜のルールなどを協議する会議体)を10月にも急遽開催し、12月に改めてルールの遵守を全国に通知しました。
これらの圧力を受けながらも「学力型年内入試」は実施され、東洋大学の志願者数は2万人を超えたと報道されています。つまり、受験生ニーズはあったのです。
大学団体から提案された改善案
こうした状況を受けて、文部科学省は3月に大学入学者選抜協議会を開き、対応策を協議しました。議事録が公開されていますのでそれを読むと、高校側からはこれまでと変わらず厳しい意見が出されましたが、この会議で大学団体から1つの改善案が提案されました。
それは入試ルールを遵守した年内入試を行うことを大前提として、小論文や面接など複数の評価方法を用いて選抜を行う評価方法の中の1つとして基礎学力テストの実施を認めてほしいという内容でした。
この案は高校側にも受け入れられ、文部科学省から6月3日に公表された「令和8年度大学入学者選抜実施要項」では、年内入試でも条件付きで学力試験が実施できると明記されました。その条件とは、学力試験を課す場合は、「調査書等の出願書類」に加え、「小論文・面接・実技検査等の活用」または「志願者本人が記載する資料や高等学校に記載を求める資料等の活用」と「必ず組み合わせて丁寧に評価」することです。



さらに、簡易過ぎることが批判された高校からの推薦書も、基本フォーマットが示され、推薦理由として記載する内容も統一されています。3月の会議で合意された内容が盛り込まれた形になりました。

ただちに「学力型年内入試」は増えない?
条件付きながらも「学力型年内入試」が認められたことで、大学側にとっては入学者選抜の複線化が進めやすくなりました。ただし、それによって2026年度入試で「学力型年内入試」が急増するかというと必ずしもそうとは言い切れないと思われます。
すでに多くの大学では面接や小論文と組み合わせて、英語、数学、国語の基礎的な試験を行っています。また、複数の選抜方式の中の1方式として学力型選抜を行っている大学もあります。その意味で今回の「大学入学者選抜実施要項」は現状を追認したものと言えなくもありません。
また、「学力型年内入試」を実施するためには、新規に作問することが必要です。今、大学にとって入試問題の作問はかなり負担の重い業務です。つまり、作問の余力がなければ「学力型年内入試」は実施できません。それに加えて、試験実施の人的、物的コストを考えると昨年話題となったような大規模な形で「学力型年内入試」が実施できる大学は限られるでしょう。
さらに大学としてのポジションもあると思います。近畿地区でも最難関の私立大学群である「関関同立」はこうした入試を実施していません。
難関私大が面接なしで併願可の「学力型年内入試」を実施していない理由はそれぞれあると思いますが、そもそも話題となった「学力型年内入試」のポイントは、学力試験を課すことではなく、併願が可能で尚且つ合格者としての権利を一般選抜の期間まで延長できることです。
さらに踏み込んで言えば、受験生は面接や小論文などの対策に時間を取られることなく、一般選抜のための受験勉強を続けたまま、年内で進学先を確保したうえで、志望順位の高い大学の受験対策に専念できることが最大のメリットなのです。
評価方法、配点と日程、そして大学入試のこれから
今後の「学力型年内入試」ですが、高校側は各大学から発表される評価方法の組み合わせとともにそれらの配点をチェックすることが必要です。
これは大学側にも言えることですが、学力試験に何を組み合わせるかは、大学としてのセンスが問われます。受験生負担が重過ぎず軽過ぎず、さらに高校団体や文部科学省を刺激し過ぎない評価方法を組み合わせ、それらの配点をどうするかを決めなくてはなりません。

教育ジャーナリスト 、大学入試ライター、リサーチャー
1985年河合塾入職後、20年以上にわたり大学入試情報の収集・発信業務に従事。2007年に河合塾を退職後、都内大学で合否判定や入試制度設計などの入試業務に従事し、学生募集広報業務も担当。2015年に大学を退職後、朝日新聞出版「大学ランキング」、河合塾「Guideline」などでライター、エディターを務めるなど多くの媒体に寄稿。その後、国立研究開発法人を経て、2016年より大学のさまざまな課題を支援するコンサルティングを行っている。河合塾グループのKEIアドバンスで入試データを活用したシミュレーションや市場動向調査等を行うほか、将来構想・中期計画策定、新学部設置、入試制度設計の支援なども行っている
(写真:本人提供)
例えば、「英語100点満点+数学100点満点+調査書の評定平均値の素点」とした場合、調査書の評定平均値はオール5の場合「5点」ですので「100:100:5」となり、明らかにバランスに欠けています。また、「小論文・面接・実技検査等の活用」または「志願者本人が記載する資料や高等学校に記載を求める資料等の活用」と「必ず組み合わせて丁寧に評価」することになっていますので、この場合、調査書だけですので条件を満たしていないと受け止められる可能性もあります。ここは「大学入学者選抜実施要項」の文面の解釈に幅が出る部分です。
なお、受験生・高校側としては、合格したあとの日程、とくに最終手続きの締め切り日が、生徒の志望順位が上位となる大学の合格発表日よりも前か後かはとても大切な情報です。入学金あるいは入学手続き金は納入することにはなりますが、上位志望大の合格発表を待ってくれないのであれば「学力型年内入試」を受験する意味合いが半減します。そして、さらに大切なことは、合格したことで第1志望の大学にチャレンジする意欲が減退しないよう、周りの大人が受験生を励まし続けることです。
現在、大学入学者選抜は、大きく分けて総合型・学校推薦型・一般の3分類となっています。今後「学力型年内入試」が拡大すると、出願・合格発表日程のルールが残ったとしても、3分類の境界線があいまいになります。
一方で、東北大学が国際卓越研究大学の研究等体制強化計画の中で、すべての入学者選抜を総合型選抜へ段階的に移行すると記しているように、特定の分類の選抜のみを行う大学が出てくることもあり得ます。果たして2026年度入試は境界線の溶解元年になるのでしょうか。
(注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)


