現在の学習指導要領では、何を学んだかというコンテンツベースから、どのように学んだのかというコンピテンシーベースの学力観に変わっています。また高校で総合的な探究の時間(以下、総合的探究)が必修科目となったことから、その内容についても各学校で試行錯誤が続いています。さらに、テストの点数や偏差値では測れない能力をどう可視化するのかという課題も生まれています。

実際、総合的探究で問われるのは、非認知能力と言われる目に見えない力が多く、それを客観的に評価するのは簡単ではありません。学校現場では論述やレポート作成、発表やグループでの話し合い、作品の制作など多様な活動を取り入れたポートフォリオを活用するなどの工夫をしていますが、コンテストの受賞歴などわかりやすい結果が評価に使われるケースも多いようです。

しかし本来、探究は失敗も含めた試行錯誤のプロセスが重要なはず。最近は、AIを使った指標を採用する学校が増えているということで、その内容と実践例を取材しました。今回お話を聞いたのは、長崎県で初めてAIを活用した非認知能力の評価システム「Ai GROW(アイ・グロー)」を有償導入した県立諫早高等学校(以下、諫早高校)の後田康蔵氏です。

中曽根陽子(なかそね・ようこ)
教育ジャーナリスト/マザークエスト代表
小学館を出産で退職後、女性のネットワークを生かした編集企画会社を発足。「お母さんと子どもたちの笑顔のために」をコンセプトに数多くの書籍をプロデュース。その後、数少ないお母さん目線に立つ教育ジャーナリストとして紙媒体からWebまで幅広く執筆。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエーティブな力を育てる探究型の学びへのシフトを提唱。「子育ては人材育成のプロジェクト」であり、そのキーマンであるお母さんが幸せな子育てを探究する学びの場「マザークエスト」も運営している。著書に『1歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)、『成功する子は「やりたいこと」を見つけている 子どもの「探究力」の育て方』(青春出版社)などがある
(写真:中曽根氏提供)

ガチガチの進学校が、偏差値以外の評価軸の必要性を痛感

諫早高校は、創立100年以上の歴史を持ち、長崎県内有数の進学校として知られています。後田氏曰く、かつてはガチガチの進学校でしたが、最近は生徒の主体性を育むことをスクールポリシーに掲げ、余白を作るために宿題も廃止。「キャリア検討会」という脱偏差値型のキャリア教育を推進し、個々の生徒の可能性を引き出す取り組みを強化しています。

この改革により、総合型選抜入試や学校推薦型選抜入試での合格者数が増加し、多様な進路選択を支援する成果を上げています(関連記事)。

一方で、「偏差値以外の評価軸」もあることを生徒に自覚してもらうには、「非認知能力」の成長把握と、生徒への丁寧なフィードバックが、従来の成績表と同様に欠かせないということで、何か可視化できるツールがないかと探していたところに、「Ai GROW(アイ・グロー)」に出会い採用しました。

非認知能力を見える化「人間の評価の歪み」をAIが補正

Ai GROWは、「人を幸せにする評価と教育で、幸せを作る人、を作る」ことをビジョンに掲げるInstitution for a Global Society(以下、IGS)が開発した生徒の資質・能力と教育活動の教育効果を可視化するツールです。

文科省が定める学びの3要素のうち計測するのは、思考力・判断力・表現力と学びに向かう姿勢。これらはコンピテンシー(思考力や判断力、創造力や表現力など個人の行動特性)で、主に非認知能力が求められる領域です。

そこに気質(本人も認識できない生まれもった潜在的な性格)診断も併せて、探究活動に入る前・活動途中の成長や課題の情報収集、事後の変化を継続的に測ることで、教育活動の形成的評価ができるのです。ユニークなのは、コンピテンシー評価が自己評価に加えて3人の他者評価を加える360°評価になっている点です。

この話を聞いた当初、私は生徒同士で公平に評価できるのか疑問を持ちましたが、「逆に自己評価とのギャップを知ることで、自己認識との乖離に気づける。自責感情が高い生徒が、弱みではなく自分では気づけない強みに気づけることで成長にもつながっている」という話を聞いて、なるほどと思いました。

日本の教育では同僚(ピア)同士が、互いに評価し合うピア評価はあまり行われていませんが、これは他者との比較で自分の価値を相対化する相対評価が根強いからでしょうか。しかし、人の評価にはバイアスがあるのではという疑問も残ります。

そこで使われるのがAIです。辛口・甘口など人間の評価バイアスをアルゴリズムに基づいてAIが補正・分析することで、客観性のある信頼のおけるデータになるのです。つまり、AIが人間を評価するのではなく、人間の評価の歪みを補正する役割を担っているということでした。また360°評価は、これが生徒同士の協働や対話を深めることにつながると、学校から評価されているそうです。

スクールポリシーに合わせて必要な能力を可視化できる

実際に導入してみての感触を後田先生に聞きました。前述の通り、諫早高校は県内トップクラスの進学校で、かつては偏差値の高い生徒が偉いという雰囲気があったそうですが、「自立創造」「文武両道」の理念に基づいたスクールポリシーに則って、生徒一人ひとりの個性を尊重し、自律的な学習意欲を促す教育に転換。教員による「脱偏差値型」の学力検討会とも言える「キャリア検討会」を実施し、偏差値ではない特性を見極め、学年のおよそ20%をキャリアエリートとして選抜することで、偏差値重視のヒエラルキーは逆転しました。

後田康蔵(うしろだ・こうぞう)
長崎県立諫早高等学校 指導教諭(探究)
教職29年目、諫早高校は14年目。進路指導主事、教務主任を経て現職。そのほか、進路指導にかかるジェンダーバイアスの学術研究や東京財団研究協力者も務めている
(写真:後田氏提供)

一方で、学校行事を精選しようという動きが出てきたことから、どの取り組みが生徒のどんな能力を育てることに貢献しているかを都度可視化したいというニーズがあり、Ai GROWを導入しました。

一口に非認知能力と言っても、その要素は学問的にも細分化されてきりがないし、自己評価だけだと正確性に欠けるので、学校として育てたい生徒像にフィットした項目を取り出したアンケートが作れる点、チームで活動する総合的探究の時間の評価として、3人の相互評価が取り入られる点もよかったそうです。

Ai GROWは受検者によって評価がブレがちなリッカート尺度(アンケートで多段階の選択肢から選ぶ回答形式)ではなく、定義が具体的なルーブリック方式(学習達成度を評価の観点と尺度を一覧表に可視化した評価方法)を採用。ルーブリックに触れることで、自己の行動や意識を客観的に振り返ることも可能です。

「Ai GROW」受検の様子。受検者によって評価がブレがちなリッカート尺度ではなく、定義が具体的なルーブリック方式を採用。生徒は受検のたびにルーブリックに触れることで、自己の行動や意識を客観的に振り返ることもできる。コンピテンシーの評価は3名の友人からの相互評価にAI補正が加わるため、一斉受検の必要がなく、自宅や通学時などの時間を使って受検することも可能
(写真:後田氏提供)

偏差値以外の能力を「客観的に可視化」で教育観に変化

自己評価と他者評価のギャップが可視化されるので、自分では気づかない強みに気づくこともできます。実際、偏差値的な学力は高くないけれど、非認知能力の高い生徒が客観的な指標を得ることで自信を持ち、さらにキャリアエリートに選ばれたことで無知の知に気づき、勉強に真剣に向き合うようになったり、逆に偏差値は高い生徒が自分に足りない能力があることに気づいたり、偏差値以外のフィルターを通して、自分に向き合うことできるのです。

強みや魅力の発見と生徒の自己成長の促進を目的とした「Ai GROW」の個人レポートは、受検後すぐに確認可能。生徒はとくにスコアの高いまたは成長したコンピテンシーに着目することで、通知表には表れない多面的な資質・能力における自身の強みとその成長を客観的に把握することができる。また、自身の強みや多面的な資質・能力の成長と探究をはじめとする学習歴をリンクさせることで、説得力とオリジナリティのある自己PRが可能になる
(写真:後田氏提供)

諫早高校では、科学的な探究を目指しており、自己評価と他者評価を組み合わせ、仮説検証をしながら評価できる点が学校の方針ともあっていると言います。また、同社が開発した、生徒の数理科学的なものの見方や考え方を客観的に検証できる「数理に基づく探究」に特化した数理探究アセスメントも併用することで、「これまで偏差値の軸でしか生徒を見られなかった教員も、これらの指標があることで、生徒を多面的に見られるようになった」と後田氏。

これは、教員にとっても、教育観の転換になるのではないでしょうか。

2022年から実施された総合的な探究の時間は、前述の通りコンピテンシーベースの新しい学力観に基づき授業として行われるもので、大学入試のためではなく、むしろその後の人生において重要になってくる力を育てるものです。しかし、私が取材をしてきても、偏差値重視の価値観はそう簡単には変わらないと実感しています。

後田氏も、目に見えないものを信じきれない教師や生徒は、その力を育てることに意味を感じられないが、だからこそ、授業評価を可視化し、モデルケースを作ることが重要だと言います。

一方で、外部の賞を取ることを学校教育の成果のように使われるケースもあります。これについては、「トロフィーを求めるのは本来の探究ではない。あくまでも授業なので、結果より全員にとって学んでよかった、この授業を通して自分にはこんな力がついて、将来に活かせそうだというものを作ることが大事だ」と後田氏は指摘します。

今の大学入試で問われているのは、総合的探究や部活、トロフィー歴を通じて、自分と社会を関連づけて分析できるかだと後田氏。Ai GROWでは、コンピテンシーの成長と学習歴をリンクさせることで、その成長に寄与した経験や活動を振り返り言語化するので、具体的に経験を成果として語ることができ総合型選抜にも活かせます。

スクールポリシーを組織的かつ計画的に運用するためにはその定量的な評価が必要になる一方、従来の方法では困難。「Ai GROW」では、各校が定めるスクールポリシーをコンピテンシーに置き換え整理することで、学校教育目標やスクールポリシーの達成状況とそれに基づく各教育活動の教育効果を、負担なく客観的かつ定量的把握することができる
(写真:後田氏提供)

高校の役割は「卒業後も伸び続ける力」をどう育てるか

Ai GROWを導入して3年。非認知能力が高く同校のキャリアエリートに選ばれた生徒は、総合型選抜で難関大学に進学し、入学後もしっかりと単位を取りつつ起業したり、大学生活にポジティブに取り組む傾向が強い。

一方、一人で勉強だけをしていた生徒が、難関大学に進学後単位が取れずドロップアウトしてしまうケースもあり、とくに理系で顕著だそうですが、これは仲間が作れないと情報が取れずそこで負けてしまうのではないかと分析します。

「入試はゲームだ」という後田氏。ゲームは攻略法を覚えれば短期で突破できるが、高校で育てなければいけないのは、生徒が大学進学した後で生きる力です。

総合的探究の時間が正課になって3年経ちました。何のためにその時間があり、そこでどんな力をつけるのかという目的を明確にすること。そして実際にどんな成果があったのかを可視化することは、教える側にとっても、学ぶ側にとっても大切です。

今後評価の分野にももっとAIが活用されていくでしょうが、大切なのは、ダメ出しではなく、個々の強みを活かすフィードバックが得られること。それによって、生徒たちの自己効力感が高まり、自分で自分の人生の扉を開いていける力が育つことではないかと、今回の取材を通して感じました。

(注記のない写真:YAMATO / PIXTA)