立川、大阪・池田の小学校で起きた侵入事件
今年(2025年)5月8日の午後、東京都立川市の公立小学校に2人の男が侵入し、教室や職員室に押し入って窓ガラスを割ったり、教員に暴行したりするという事件が発生した。同校では、午前中、わが子への対応に不満を持つ保護者が来校し、学校側との話し合いが持たれていた。2人の男は、話し合いの結果に納得のいかなかったこの保護者が呼び寄せたという。
外部からの侵入者による凶行と聞いて真っ先に想起するのは、大阪教育大学附属池田小学校事件であろう。2001(平成13)年6月8日、2時間目の授業が終わりに近づいた午前10時過ぎころ、包丁を持った男が自動車専用門から校内に侵入し、校舎1階にある第2学年と第1学年の教室等において、児童や教員23名を殺傷した事件である。
大阪教育大学の発表によると、この事件で8名の児童(1年の男子児童1名、2年の女子児童7名)が命を落とし、児童13名と2名の教員が負傷することになった。犯人は、池田小学校事件と余罪を併せて、建造物侵入罪、殺人罪、殺人未遂罪、銃砲刀剣類所持等取締法違反罪、傷害罪、暴行罪、器物損壊罪等、7つの罪で起訴され、死刑判決を受けている(大阪地方裁判所判決平成15年8月28日)。
学校の「安全神話」の崩壊
事件後、大阪教育大学は、危機管理のあり方を厳しく指弾されることになった。大阪教育大学は、2001年10月、学長名で「附属池田小学校事件についての学長の思い」と題する文章を公にしている。
学長は、日本の安全管理一般に関し、社会全体の治安が悪化する中、学校全体が「社会全体の危機意識の希薄さの中に埋没していた」としたうえで、大阪教育大学附属学校では、この種の事件が「発生するはずがないという先入観があった」と書いている。学校は平和な場所であり、凶悪な犯罪が発生するはずがないという、学校の「安全神話」が教職員の間に存在していたことを認めた格好である。
「安全神話」の共有は何も池田小学校に限ったことではなかった。事件後、犯人が侵入した自動車専用門が閉じられていなかったことが一部で批判されたが、当時、門扉を施錠している学校はむしろ少数派であったと言われている。
この事件を契機として、門扉は施錠され、監視カメラやインターホンの設置が急速に進み、警備員、スクールガード・リーダーの配置が強く推奨されるようになった。池田小学校事件によって、教育現場で広く共有されていた学校の「安全神話」が崩壊したと評価することができる。
保護者と学校・教員は「激しく対立しうる」という現実
だが、立川市の事件では、池田小学校事件以降の対策が有効に機能しなかった。改めて指摘するまでもなく、保護者が加害者を学校に呼び寄せたことが一因である。どんなに侵入者への対策を熱心に進めている学校であったとしても、保護者が加害者を呼び寄せることまでを想定しているところは皆無と言って過言ではない。その意味において、今回の事件は想定外であり、「新たな形態の侵入事件」である。
では、この新たな形態の侵入事件とどう向き合うべきか。
まず、学校、家庭、地域社会の連携という公理を疑うことから始めなければならない。現在、学校と保護者、地域住民は連携して子どもの教育に当たる存在であるという考え方が、学校教育の公理になっている。教育基本法13条の「学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携及び協力に努めるものとする」という規定がその象徴である。
しかし、今回の事件は、この学校、家庭および地域住民の連携協力はあくまでも理想であり、その実現は容易ではないこと、時には保護者と学校、教員が激しく対立し、実力行使に及ぶ可能性すらあることを示すものと言える。突き放した言い方をすれば、どのように努力しても、どれだけ話し合いを繰り返しても、理解し合うことができないということだ。こうした対立から起きてしまった事件は過去にも存在する。
保護者対応は、教育委員会・専門家と連携したシステムづくりを
2008(平成20)年6月、神奈川県下の公立中学校において、家庭訪問に訪れた担任教員を足蹴にするなどして怪我をさせた疑いで保護者が逮捕された。また、同年12月には、やはり神奈川県下の公立小学校において、わが子に対する指導に憤慨した保護者が教室に侵入し、担任教員に暴言を浴びせたうえ、暴行を加え負傷させるという事件が発生している。
この事件では担任教員が保護者を相手として損害賠償の支払いを求める訴訟を提起し、暴行等の被害に関して100万円余の支払いを命じる判決が下されている(横浜地方裁判所判決平成26年10月17日)。

淑徳大学総合福祉学部教授
立命館大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科公法専攻 博士課程単位取得退学。修士(法学)。日本女子大学教職教育開発センターを経て現職。専門は公教育制度論。日本教育行政学会理事、日本教育制度学会理事,日本スクール・コンプライアンス学会会長。教育委員会と連携し、教育裁判の分析を通じた学校の危機管理の改善に取り組んでいる。著書に『裁判例で学ぶ 学校のリスクマネジメントハンドブック』(時事通信社)、『四訂版 学校と法-「権利」と「公共性」の衝突-』(放送大学教育振興会)など
(写真:本人提供)
ともあれ、立川市での事件は保護者対応の転換点となるのかもしれない。学校と保護者の連携がつねに成立するとは限らない。この前提に立ち、新たな形態の侵入事件を想定した対応を模索する必要がある。仮に保護者の同行者であったとしても、不審者とみなすことを躊躇しない姿勢を持つ必要がある。
そのためにまず求められるのは、教育委員会等を巻き込んだシステムづくりだ。学校・教員は、保護者の意見にまず耳を傾ける。傾聴の姿勢は忘れてはならない。しかし、理不尽な要求に対しては、いたずらに話し合いを繰り返すのではなく、断固として拒否する。そして、スクールロイヤーなど、教育委員会が配置する外部の専門家の援助を求め、場合によっては引き継いでいくという手法である。
教員は、子どもの教育の専門家ではあるが、必ずしも保護者対応のプロではない。対応が困難な保護者と向き合うに当たって、スクールロイヤーをはじめとする外部の専門家の協力を得ることは文部科学省も提唱しているところだ(文部科学省「教育行政に係る法務相談体制構築に向けた手引き(第2版)」令和4年3月等参照)。
事件の再発防止に向けて、これら外部の専門家と学校、教員との早い段階での協働、分担、この体制を早急に確立することが重要と言えるだろう。
児童・生徒が自ら身を守るためのロールプレイング訓練が必要
今回の事件は、教員の奮闘により児童に被害は及ばなかった。学校において児童・生徒を加害行為から守るのは学校設置者の義務である(学校保健安全法26条)。立川市はこの義務を見事に果たしたことになる。
しかし、大阪教育大学附属池田小学校の例を持ち出すまでもなく、外部侵入者から常に教員が児童を守り切れるとは限らない。それ故、すべての児童・生徒が、自ら適切に判断し、主体的に行動できるよう、安全に関する資質・能力を身に付けることが重要と言える。いわゆるセルフヘルプの視点である。
この点、国の第3次学校安全の推進に関する計画(令和4年3月25日付け閣議決定)は、「児童生徒等がいかなる状況下でも自らの命を守り抜き、安全で安心な生活や社会を実現するために主体的に行動する態度を育成すること」の重要性を指摘している。児童・生徒が危険を予測し、回避する能力を育成することである。外部侵入者への対策としては、暴行、傷害などの犯罪から身を守るため、ロールプレイングを導入すること等を早急に検討する必要がある。
(注記のない写真:キャプテンフック/PIXTA)

